■評価:★★★★☆4
■読みやすさ:★★★☆☆3.5
「人は承認欲求からは逃れられない」
【小説】狭小住宅のレビュー、批評、評価
Netflixドラマで話題になった『地面師たち』の原作者、新庄耕による2013年2月5日刊行のお仕事小説。
【あらすじ】【第36回すばる文学賞受賞作】学歴も経験も関係ない。すべての評価はどれだけ家を売ったかだけ。大学を卒業して松尾が入社したのは不動産会社。そこは、きついノルマとプレッシャー、過酷な歩合給、挨拶がわりの暴力が日常の世界だった……。物件案内のアポも取れず、当然家なんかちっとも売れない。ついに上司に「辞めてしまえ」と通告される。松尾の葛藤する姿が共感を呼んだ話題の青春小説。(Google Books引用)
個人的にブラック企業を題材とする小説を探していた。
ネットで検索し、出てきた本作は割と評価を受けている印象があり、読むに至った。
主人公の松尾は東京で売買専門の不動産屋に勤めている。
上司は物件売ることのみを要求する成果主義に振り切った人を逸脱した人格の持ち主。
松尾を含む社員たちは日々、罵声を浴びながら、必死に電話をし、顧客から案内の取り付けを行っている。
案内は実際に現地に赴き、顧客の条件に沿った物件を紹介する業務。
大概、案内ですぐに購入に至ることはない。
松尾は東京の城南地区(世田谷区とか港区、渋谷区、目黒区などの高級住宅街)と呼ばれる一等地を求める客を扱う。
広さにも寄るのだが、土地代だけでも平気で六千万はかかる。
そのため、大手企業に務めるような裕福な客たちも購入には慎重だ。
営業は顧客に物件を案内して、はいサヨウナラ、では済まされない。
案内が終わったら必ず店舗に客を連れ出すよう、上司に指示されている。
店舗では松尾のような下っ端の営業たちが取りこぼした情報等を回収するため、課長や部長クラスが鬼のような営業を顧客に浴びせるのだ。
場合によっては一気に成約までこぎつける。
本作の冒頭では、案内終わりに帰りたがる客を、松尾はあの手この手で来社させようと試みる。
客は当然、うんざりしている。
会社だけが得をする本当に最悪な仕事だと思う。
客の意思の尊重は皆無の醜い営業は、文章だけでも不快極まりない。
本作を読み、なぜ私が小説を描くのか、ついつい考えさせられた。
恐らく私は、人のために生きれない。
本作の松尾は会社のために奮闘している。
自分の体力、精神をここまで第三者である会社に注ぐなんて、私にはできない。
もちろんホワイト企業に務める会社員にも言えること。
だから私は自分のために責任を持って読者を楽しませる作品を作り、メシを食えたらと思っている。
話を戻すが、松尾は、とにかく会社に尽くす。
同じ新卒で入社した同期はほとんど辞めている。
だが、松尾はなぜか辞めない。
「お前は売れない。もう辞めろ。会社のお荷物だ」と上司にこきおろされても「売ります」と、折れない。
なぜ、松尾はこんなブラック会社に、あるいは不動産業界にこだわるのかは不明。
いずれ描かれるのかな、と思いつつ読み進めたが、具体的や理由は開示されなかった。
残念ではあったけど、後の展開にむけていいフリにはなっている。
松尾の確固なこだわりが、読者である私に読み応えを与えてくれた。
200ページにも満たない、短い作品だけど強く感情を揺さぶられた。
松尾の変化がパワフルで爽快感があるので、本作はもっと評判になっても良いと思う。
不動産というありふれた職業なので、あんまりメディアはフューチャーしなかったのかな、とも思う。
余談だが、タイトルにもなる狭小邸宅は『ペンシルハウス』を指す。
地価の高い東京ならではの、狭い土地に建つエンピツのような細長い家を指す。
物語の中で出てくるペンシルハウスが直接的に何かあるのではない。
都会に住む大した金を持っていない、けど見栄を張る連中がペンシルハウスをバカにする言動は、何だか滑稽で面白い。
ペンシルハウスが人のブラックな側面を引き出す役割を持ち、本作に味を与えている。
さすがの後に『地面師たち』を描く作家なだけある。
純文学として扱われているが、『火花』のような、エンタメと純文学の要素をバランス良く持つ、文学として優れた作品だった。
多くの人に勧めたい。
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