小説『乱歩と千畝―RAMPOとSEMPO―』ネタバレなしの感想。大学の先輩後輩の何者でもない2人が夢を語りそれぞれの道へ別れていく

エンタメ小説

■評価:★★★★☆4
■読みやすさ:★★★☆☆3.5

「子供のように、何歳になっても納得する人生を送ろう」

【小説】乱歩と千畝―RAMPOとSEMPO―のレビュー、批評、評価

『浜村渚の計算ノート』の青柳碧人による2025年5月14日刊行のドラマ小説

【あらすじ】大学の先輩後輩、江戸川乱歩と杉原千畝。まだ何者でもない青年だったが、夢だけはあった。希望と不安を抱え、浅草の猥雑な路地を歩き語り合い、それぞれの道へ別れていく……。若き横溝正史や巨頭松岡洋右と出会い、新しい歴史を作り、互いの人生が交差しつつ感動の最終章へ。「真の友人はあなただけでしたよ」(Amazon引用)

本作は実在の人物である江戸川乱歩と杉原千畝を主人公とし、二人の半生を描いている。
二人は共に愛知県の旧第五中学校及び早稲田大学を卒業している。
6歳の差があり、実際の交流の記録は確認されてない。
もしこの二人が接触し、関係性を築いていたら?といったifストーリーとなっている。

小説家の江戸川乱歩は学歴皆無の無知の私もさすがに知っている。
ジュブナイル小説の『怪人二十面相』シリーズは有名だし、このシーズに出てくる探偵役の明智小五郎は、2025年現在までに多くの探偵小説や探偵漫画でオマージュされている。

恥ずかしながら、杉原千畝は本作で初めて知った。
Wikipediaをさらっと確認したところ、『東洋のシンドラー』と呼ばれていると書かれていて驚いた。

シンドラーといえば、ドイツの実業家。
第二次世界大戦下、ヒトラーの主導により、多くのユダヤ人の命が奪われた。
そんな悲劇を見るに耐えかねたシンドラーは自らの命をかけ、ナチスから1200人ものユダヤ人を救った。
この出来事は、スティーブン・スピルバーグ監督により『シンドラーのリスト』というタイトルで映画にされている。
『シンドラーのリスト』に出てくる極悪人のナチスの将校が恐ろしく、私にとって子供の頃に見たトラウマ映画。

話を戻すが、ヨーロッパからは遠く離れた日本人がどうやってユダヤ人を救出するのか、の経緯を知りたい想いで、本作を読み進めた。

江戸川乱歩のキャラクターが魅力的すぎる。
外交官になるほど正義感にあふれた真面目な千畝に対し、乱歩は分かりやすい社会不適合者だった。
早稲田を大学を卒業にも関わらず、乱歩はとんでもない飽き性で一つの定職に長く続けることのできず、更には放浪癖がある。
そのため、職場には遅刻や無断欠勤を繰り返して毎回クビになるのだ。

2人の出会いは三朝庵という蕎麦屋さん。
(※余談1 三朝庵は実在するが2022年に閉店。残念)
(※余談2 本当の意味での初めての出会いは中学時代)
6歳年上の乱歩は、相席することになった現役早稲田生の千畝が持っていた封筒に、自身の出身高校である『旧制愛知県立第五中学校』の名前は書かれているのを見て、思わず声をかける。
定職につかずフラフラしている乱歩に『こうはなりたくない』と思う千畝。
だが、自由人の乱歩は千畝の本質を見抜き、千畝自身ができないと蓋をしていた真の夢、『外国語を使って仕事をする』ということの後押しをする。
そして乱歩も千畝の前で、乱歩自身は自分はできないと決め込んでいる『小説を書いてみたい』という夢を暴露する。
『読んでみたいです。あなたの探偵小説』と千畝も乱歩の欲しい言葉を吐き、互いの夢を後押しし、2人は別れる。

実際に乱歩は小説を書くことになる。
読者が満足できる作品は作れる。
だが、なかなか自分が納得できる作品が書けない。
そのせいで、気分で書くのを止めたり、放浪の旅に出たりする。
早くに結婚した乱歩の奥さん、隆子は乱歩の才能を尊敬しつつも、乱歩に振り回され、息子である隆太郎の面倒も押し付けられる。
また本が売れて、乱歩一家は大金を得る。
隆子はようやく安定した生活を送れるかと思ったら、『寮を買ったからおかみをやって飢えをしのいでくれ。私は旅に出る』と、乱歩は颯爽と姿を消す。
家族を顧みない乱歩に、隆子はストレスで爆発し、たびたび乱歩に襲いかかる。
ビビる乱歩は逃げる。
この2人のやりとりがめちゃくちゃ笑える。
奥さんからしたら苦労も耐えないし、大変なのは分かる。
でも子供のような感性を持つ乱歩は根からの悪人には見えないし、何なら稼ぐ能力はある。
第三者の私からすると2人の対立関係を微笑ましく見てしまう。
乱歩も奥さんも愛しくて仕方ない。

千畝も魅力的。
千畝は真面目で、正直、小説映えしない地味なキャラクター。
だが、本作はメインエピソードの1つであるユダヤ人救出のシーンは読んでいて興奮でした。
というのも、ユダヤ人の救出を容易に選択できない、千畝側の厄介な事情があった。
それなのに、千畝は自らの安全、家族の平穏を捨てて決断する。
もちろん、その勇気ある選択は奥さんの後押しがあったからこそ。

乱歩と千畝の対立が切ない。
2人は水と油のような正反対の感性や価値観を持ち、まるで異なる道を進む。
だからこそ、時にはお互い望んでいないのに、対立し、仲違いすることもある。

2人の相容れない、だが心のどこかで感謝し、尊敬している関係が映画『キッズ・リターン』を観ているよう。
おそらく、著者の青柳さんも『キッズ・リターン』を参考にしていると思われる。
その核心に至ったのは終盤の乱歩のあのセリフ。
直接読んで確かめてもらいたい。

『キッズ・リターン』のような異なる道を進む親友同士の関係性を描くのが何故いいのかって、
現実ではありえない理想を描いているから。
現実では、どんなに仲の良かった学生時代の親友でも、
数年、連絡取らないだけで他人同然となる。
相手を思い出すこともなくなるし、想いも時の流れと共に薄まっていく。
人間関係性をキープするには定期的に連絡を取り合ったり、あるいは直接会う必要がある。
だから、『キッズ・リターン』や本作の主人公二人のどんなに離れていても心は繋がり、
絆が守られている関係性は美しくて羨ましくて、心にぐっとくるのだ。

2人に見せ場が、用意されていていい小説だった。
一人の作家の生涯をエモーショナルに描いているのも良かった。
終盤は泣きすぎて読むスピードが著しく落ちた。

第173回直木賞は該当作なし、で終わった。
直木賞は本作でいいように思える。
個人的に『Nの逸脱』がかなり好きだが、格式高い直木賞には本作がふさわしい。
知名度の低い印象なので、もっと評価されるべき作品だ。

実際の偉人がストーリーに絡むおすすめフィクション作品はコチラ。

■同志少女よ、敵を撃て

乱歩と千畝―RAMPOとSEMPO―の作品情報

■著者:青柳碧人
■Wikipedia:青柳碧人
■Amazon:こちら

この記事書いた人
柴田

子供の頃は大の活字嫌い。18歳で初めて自分で購入した小説『バトルロワイアル』に初期衝動を食らう。実写映画版も30回くらい観て、映画と小説に開花する。スリラー、SF、ホラー、青春、コメディ、ゾンビ、ノンフィクション辺りが好き。小説の添削でボコボコに批判されて凹みがち。

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