■評価:★★★★☆4
「村社会の閉塞感と、邦画では珍しい差別意識をテーマとした愛の物語」

【映画】愛しのアイリーンのネタバレなしの感想、レビュー、批評、評価
舞台は福井県鹿之谷村。42歳の岩男は毎夜、自慰にふける寂しい男である。そんな彼を心配する母ツルは彼にお見合い相手を紹介しようとするが、岩男は関心を持てずにいた。ある日、同僚のシングルマザー吉岡愛子から誕生日プレゼントにゴリラの人形を貰ったことで好意を寄せるようになるが、想いは空回りして失恋する。半ばヤケになって、フィリピンにお見合いツアーに行き、やたらと自分に懐いてくるアイリーンをノリで嫁にして村に戻ってくるのだが……。
私は吉田恵輔監督の大ファンで、すべての作品を見ている数少ない監督の一人だ。
代表作は「さんかく」「純喫茶磯辺」「ヒメアノ~ル」など。
彼は塚本晋也監督の大ファンで、下積み生活では多くの塚本作品の照明を担当していた。
今作もかなりの期待を持って観たのだが、やはり期待を上回る素晴らしい出来栄えである。
原作は新井英樹の同名漫画。
主人公の岩男は、自慰を日課とするモテない中年男。仕事はパチンコ屋である。
一夜だけ共にしたことのある同僚で太め中年女性に「この前誕生日だったでしょ?」と言われて謎のゴリラの人形をプレゼントされ、即捨てるといった負け犬人生を送ってる。
ある日、職場という小さなコミュニティ内の中で、そこそこきれいなシングルマザー愛子からいきなりご飯に誘われ、誕生日にこれまた同じゴリラの人形を貰うが、嬉しさのあまり、車のルームミラーに取り付ける。
このあとが序盤で最大の見どころなのだが、岩男は仕事帰りに、頭に黒い粉を振りかけハゲを隠してる同僚斉藤とフィリピンパブに飲みに行く。実はこの男、愛子と性交しまくっていて、岩男の気持ちも知らずに行為のディティールをこれでもかってくらい話し出す。あまりに生々しい内容のため、みるみるうちに岩男の表情が曇り出すのだ。
岩男は内気でおとなしく、自慰の様子を母に覗き見されたりと、みじめな人生を送っている。愛子が寄って来てくれてようやく春が訪れたかと思ったら、このありさまだ。
あまりに無残すぎて、観客は一気に岩男に感情移入してしまう。さすが吉田恵輔である。
いよいよ現実にうんざりした岩男は、お見合いツアーでフィリピンに向かい、やたらとなついてきたアイリーンをその場のノリで嫁にしてしまう。
岩男の財産目的であるアイリーンは背が小さく、天真爛漫でうるさくて、岩男が迫っても性交をさせてくれない彼女に「やかましいなあ」と観客は思う。
ちなみにアイリーンは日本語は一切話せない。岩男も同様に英会話力ゼロだ。
その頃日本では、岩男の父が天に召され、葬式の最中に岩男はアイリーンを連れて帰郷する。
しかしこの豆タンクアイリーンは、この上なくノー天気なノリで葬式の厳粛な雰囲気を悪意なく破壊していく。
ここも非常にいい見せ場となっていて面白い。
父が母ツルのために感謝を込めて作った形見の椅子を、アイリーンは面白半分に座ってはしゃいていると破壊してしまう。ツルは静かに家から狩猟用のライフルを持ち出し、アイリーンを追いかけ回すのだ。
もはや世界観がムチャクチャである。
閉鎖的な村である岩男の周辺村民は外国人のアイリーンを異物として観ており、執拗に彼女を弾こうとする。
もちろん、その筆頭は母だ。
母は愛する岩男に幸せになってもらいたいため、あらゆる手段を駆使してアイリーンを排除しようとする。
この歪な愛が更なるトラブルを産むこととなる。それはあなたが想定する以上の大きなトラブルで、胸が苦しくなるだろう。
天真爛漫なアイリーンは、差別によって肩身の狭い生活を強いられるのだが、彼女は何があっても愛に溢れているところが切ない。
フィリピン人はキリスト教徒でありながら、英語が話せる仏教徒であるお坊さんと仲良くなる。岩男の住む土地は田舎で英語を話せる人が少ないのだ。会話できる彼が心のよりどころとなっている。
ある日、彼女はお坊さんと一緒に、ある人のために念仏を唱えるシーンは素敵だ。
そもそもアイリーンは家族に仕送りをして生活を支えるために岩男と結婚した背景があり、本質的には愛の深い女性である。観客は、どんな困難にも屈しない強いアイリーンにも感情移入し、応援する気持ちが湧いてくるのだ。
自分の話になって恐縮だが、私の友人が以前留学のためにフィリピンへ行っていた。彼が渡航する前、私がたまたま買った服についていたネックレスをプレゼントしたのだ。
人差し指くらいの長さのあるキリストがはりつけとなったデザインのもので、恥ずかしくて絶対につけないと思ったからあげたのだ。
しかし彼は「おお!ありがとう!」と喜んで受け取って、フィリピンへ旅立った。
私は心の中で「よくあんなダセーもの貰って喜ぶなあ」と軽く彼を小バカにしていた。
ちなみに私はこの時、フィリピン人がキリスト教徒なんていう知識は一切なし。
3か月後。
帰ってきた彼は興奮して私にこう言った。
「あのネックレス凄かった!クラブに行ったら女の子みんな寄って来たよ!そのネックレスくれくれって!本当にありがとう!」と。
私はビックリした。
私からしたらあんなネックレスはゴミ同然だったのだ。
彼が受け取らなかったら間違いなくゴミ箱に投げ捨てていたあのゴミが、まさかフィリピンでは娘ホイホイへと変貌を遂げるのかと。
そして私もフィリピンに行くことになったらボックスティックくらいの大きさのキリストのネックレスをつけて行こうと心に決めた。
そのくらいフィリピン人は敬虔なクリスチャンなのだ。まるでアイドル的人気である。なので私にとって、アイリーンが念仏を唱えるシーンは心を掴むものがあった。
話を戻すが、ラストのとあるシーン。
たった1つの回想シーンである人物の印象がガラっと変わる。
このシーンは感嘆させられるものがあった。吉田恵輔恐るべし。
ここは前作の映画「ヒメアノ~ル」に通ずるものがある。
(ヒメアノ~ル:冴えない男、岡田がたまたま知り合った喫茶店店員ユカと付き合うことで、サイコキラー森田に追い掛け回される話)
個人的にはジャケット画像の色味も良いと思った。
エキゾティックな色合いで、目を引くものがある。
あなたは天真爛漫なアイリーンちゃんを見てどう思うだろうか?
この映画には色んな形の「愛」に溢れていており、心に響くシーンが多い。
うっぱり愛は人間の生理欲求なんだなあと再認識させる。ぜひ、「愛」がテーマであるこの映画を堪能してもらいたい。
愛しのアイリーンのスタッフ、キャスト
■監督:吉田恵輔
■出演者:安田顕 ナッツ・シトイ 河井青葉
■Wikipedia:愛しのアイリーン
愛しのアイリーンを見れる配信サイト
U-NEXT:○
Hulu:-
Amazonビデオ:○
ビデオパス:○
TSUTAYA TV:○
Netflix:-
※2019年6月現在
愛しのアイリーンと関連性の高いおすすめ映画
愛しのアイリーンの裏ジャンルである【バディとの友情】に分類される映画。

『さんかく』★★★★☆4
百瀬と佳代は同棲して2年経つ倦怠期を迎えているカップル。特に百瀬の方は佳代との生活に退屈さを覚えており、すっかり気持ちも冷めていた。ある日、夏休みを利用して佳代の妹である15歳の桃が遊びにやってくる。天真爛漫な桃は下着姿で部屋をうろついたり、百瀬自慢のカスタムカーを褒めてくれたり、強がる彼に「桃は強い人が好きだよ」と伝えたり、事あるごとに彼の男心をくすぐり……。
吉田恵輔のセンスが大炸裂している映画。
人間の本質的な狂気を、日常のほんの些細な出来事であぶり出す技巧っぷりには、ただただ感服するのみ。
つまり、登場人物たちはかなり痛々しい行動を取ったり、あるいはその被害に遭ったりするのだが、観ているあなたも彼らと同じような場面に遭遇する可能性を秘めているということを暗に示唆しているのだ。めちゃくちゃ面白い。
U-NEXT:-
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Amazonビデオ:○
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※2019年6月現在