映画の海

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⑨組織のなかで

映画『存在のない子供たち』ネタバレなしの感想。難民で溢れかえるレバノン・スラムの実情

投稿日:7月 25, 2019 更新日:

■評価:★★★★☆4

「理不尽な人生を強いられた人間たちを映すヒューマンドラマ」

【映画】存在のない子供たちのネタバレなしのレビュー、批評、評価

舞台は中東の国・レバノンの首都ベイルート。少年・ゼインはわずか12歳で裁判を起こす。訴えた相手は自分の両親だ。「何の罪で?」と裁判長に訊ねられたゼインは「僕を産んだ罪」と伝えた。スラム街出身のゼインは、両親が出生届を出さなかったことで法的には社会に存在していない。学校に通うことなく兄妹と路上で手作りジュースを売ったり、不法に薬を手に入れたりと、朝から晩まで両親に厳しい労働を強いられていた。

2018年・第71回カンヌ国際映画祭審査員賞受賞作品。
印象的だったのは、主人公の少年・ゼインは決してへこたれないということだ。
両親からは苛酷な労働を強いられ、最愛の妹には魔の手が迫る。
どんなに理不尽が前に立ちはだかろうとも、彼は決して後退しない。前に進み続ける。どんな手段を使ってでも生き抜こうとする。この執念を私たちは忘れてはいないだろうか?
来月公開されるライオン・キングも似たようなテーマを扱っているのが印象的。同じようなテーマでもこうも違う作品が生まれるものなのか。

お堅い社会派ドラマの印象が強かったが、実は笑えるシーンが多い。
子供が主人公なので、大人からしたら滑稽に思える言動をマジメに取るからだ。
劇場ではたくさんの笑い声が聞こえてきており、いい雰囲気で映画を楽しめた。同じ日に見た「天気の子」よりも笑い声が聞こえてきたから驚きだ。
特に面白かったシーンは、主人公ゼインがまだ満足に歩けない1歳児のヨナスを何ともユニークな方法で連れて歩く。まるで子連れ狼の大五郎だ。最悪な状況だからこそ、くすっと笑えるいいシーンだ。もちろん彼からしたらマジメなのだが。

この映画がまとう異様な生々しさは、何もかもが本物だからだ。登場人物のほぼすべてを現地でスカウトしている。
ゼイン役を演じたゼイン(本名が役名)はもちろん、妹役の子も現地のシリア難民だ。

ナディーン・ラバキー監督(♀)はゼインを見つけたとき、「彼は世界を変える宝石」と思ったそう。
端正な見た目と、一度見たら忘れられない存在感がある。
もはやフィクションとは思えない、ドキュメンタリーを見ているかのような臨場感だ。物語の形式にしたのは、こちらの方が観客にアプローチしやすいからだろう。
ノンフィクションやドキュメンタリーだと、どうしても敬遠してしまう人が多くなる。

物語の中盤辺りから疑似家族の流れとなるのだが、万引き家族とは本質的にはちょっと違う。
万引き家族は血を超えた繋がりを形成するところがテーマとなるのだが、本作は社会背景そのものを問題提起しており、スケールの大きさが違う。
オープニングではゼインは両親を訴えているが、短絡的に彼らを悪にして解決できる問題ではないから根深いものがある。
社会そのものを見直さなければいけない。だからこそこの映画は作られている。

一カ所違和感を覚えたポイントがあり、実妹はもちろんなんだが、ゼインは疑似家族の子供ヨナスをやたらと面倒をみる。
自分だって生きるのにギリギリなのに、血の繋がってない子を自分より優先してまで尽くすのだ。
「なぜだろう?と思って冷静に考えてみたが、理由はシンプルである。
両親から愛されなかった自分のように寂しい思いをさせないためだ。
だから彼に全力で子供に愛を注ぐ。12歳とは思えない自立心だ。劣悪な環境が彼を強制的に成長させている。
そして迎えるゼインの最後の決断。
劇場ではすすりなく声が全方向から聞こえてきた。何という物語だろうか。

最近でも、アニメーション制作会社の『京都アニメーション』が、「自分の書いた小説がパクられた」といった謎の動機で、精神障がい者によって33名の命と、過去すべての制作物のデータが奪われた。やりきれない事件だ。
人は理不尽と戦い続ける宿命にある。
避ける努力をする必要はあるが、すべてから逃れるのは不可能だ。
不平不満を口にして後退したって意味はない。前進あるのみだ。

少しレバノンについておさらいしたい。
レバノンは西側が海に面した人口450万人の中東の国だ。(熊本をイメージすると分かりやすい)
国の北側・東側がシリアに面しているのだが、シリアの内戦が始まったことで約100万人が難民として流れ込むことに。
2014年には、実に人口の4人に1人が難民という状況となってしまう。

レバノンで生まれ育った監督は、この現状を覆すため、この映画の製作に取り掛かる。
余談だが、このゼノンくん、映画の撮影後は国連難民機関の助けを借りて家族とともにノルウェーに移住している。
「いつか映画監督になりたい」と彼は監督に語ってくれたそう。命を救われた彼は、自分も命を救う側に回ろうとしている。素晴らしい連鎖反応だ。私もそろそろ本気を出さなければならない。明日から頑張ろう。

監督自ら、スラム街を3年間に渡って取材、撮影に半年、520時間という膨大なテープを2年に渡って編集したりと、とにかくとんでもない時間がかけられて本作は制作されている。
完成するまでにいろいろと苦難があったそうだが、特にびっくりしたのが、製作費を捻出するため、監督は家を担保にしている。しかも作曲家で今作ではプロデューサーを担ってくれた夫は文句ひとつ言わずに監督業に集中させてくれたそう。
とんでもない正義感である。ぜひあなたにも観てもらいたいパワフルな一作だ。
私たちがレバノンに貢献できるとしたら、この映画を劇場で観て金を落とすことだ。

不満を挙げるとしたら、私が観に行った新宿武蔵野館の席の列ごとの段差が甘く、前の人の椅子から飛び出た頭が見事に字幕を覆っていた点。必死に首を延ばして観たせいで、終わった頃に首の疲労でぐったりしてしまった。天井が低かったから段差を作るのは無理かもしれないが。武蔵野館さん、何とかして天井持ち上げて。

存在のない子供たちの作品情報

■監督:ナディーン・ラバキー
■出演者:ゼイン・アル=ラフィーア ヨルダノス・シフェラウ ボルワティフ・トレジャー・バンコレ
■Wikipedia:存在のない子供たち(英語。翻訳して見てね)
■映画批評サイト「rotten tomatoes」によるスコア
TOMATOMETER(批評家):90%
AUDIENCE SCORE(観客):91%

存在のない子供たちを見れる配信サイト

U-NEXT:-
Hulu:-
Amazonプライムビデオ:-
ビデオパス:-
TSUTAYA TV:-
Netflix:-
※2019年7月現在

存在のない子供たちと関連性の高いおすすめ映画

存在のない子供たちの裏ジャンルである【組織のなかで】に分類される映画。

縞模様のパジャマの少年』★?
少年ブルーノは、軍に勤める父の仕事の都合でベルリンから遠く離れた田舎に引っ越すこととなる。友達とも別れ、遊び相手がいなくなった彼は退屈な日々を過ごしていた。ある日、両親には「近づくな」と言われていた家から少し離れたところにある農場にこっそりと行ってしまう。彼はそこで縞模様のパジャマを着た少年シュムエルと出会った。

ミステリー形式で物語が進むため、あまり多くは語りたくない。
あらすじ程度の情報に留めて観てもらいたい。
衝撃としか言いようのない結末を迎えるが、多くの史実をベースに作られているから驚きである。

-⑨組織のなかで

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名前:柴田
年齢:30代
小説家志望。
趣味は映画、読書、ゲーム(最近はスプラトゥーン2)、お笑い、筋トレなど。
長所は人を楽しませることに一生懸命、短所は顔が丸い。