■評価:★★★☆☆3.5
「芸術を生み出す苦悩」

【映画】ハウス・ジャック・ビルトのネタバレなしのレビュー、批評、評価
本作はラース・フォン・トリアー監督最新作で、彼といったらカルト作家で有名な映画監督。
2000年の第53回カンヌ国際映画祭では最高賞であるパルム・ドールを受賞した『ダンサー・イン・ザ・ダーク』で日本人にも広く知れ渡ることになる。
パルム・ドールといったら2018年には是枝監督の『万引き家族』、去年だとポン・ジュノの『パラサイト 半地下の家族』が受賞している。
今思えば、何で『ダンサー・イン・ザ・ダーク』のような頭のおかしい映画が同賞を受賞するのか良くわからない。
当時の審査員は気が狂っていたんじゃないかと思えるくらい。
確かに途中まではとてもいい親子愛を描いているなあ、なんて関心しながら観ていたが、最後にはとてつもない感動の結末を見せてくれる。
一度しか観てない映画だが、クライマックスは一生忘れることのできない名シーンである。
彼は両親から相当変わった躾をされたそうで、そのことが人格形成に大きく影響を与えたと語っている。(wikipedia参照)
そう聞くと思わず納得してしまう。『奇跡の海』とか『ドッグウィル』とか、どう考えても彼の作品群は普通じゃない。
本作もそれは例外にあらずである。
1970年代のワシントン州。建築家を夢見るジャックはあることがきっかけでアートを創作するかのように殺人に没頭するようになる。次第に自らの芸術に行き詰まりを覚えるようになり……。”ジャックの家”を建てるまでの12年間の軌跡を描く。
本作はシリアルキラーとなったジャックが憑りつかれたかのように家を作りつつ、人の命を奪うさまを描くだけの映画となる。
命を奪う相手との会話はまともに成立しておらず、ジャックの内面は淡々と心の声で描かれる。
アートや歴史的事実の引用や比喩表現を多用した心の声はジャックの芸術家としての側面を覗かせる。
アーティスティックで、何となく厚みがあるような物語に思える。
そんな感じで高尚感を存分に湛えた彼だが、最終的に建築した家で笑わせてくれる。
2時間以上フリを続けて、最後に落とすただのコントだ。
それを目の当たりにした観客は思わず「ウソだろ」と心の中で稚拙な感想を述べるだろう。
何のために作った映画なのかわからないし、最後に覗かせる精神世界の映像は何のこっちゃである。
ただのコメディ映画ではあるが、ラース・フォン・トリアーはシリアルキラーについてしっかりリサーチしており、ジャックがターゲットの命を奪うシーンはスリリングで見ごたえがある。
特に印象的だったのは、恋人のような関係を築いた女性とのパート。
唐突にジャックは、彼女の胸部にマジックであるものを書く。
それを見ると、これまでのジャックの所業を考えると、間違いなくこういうことをするっていう最悪のシーンをイヤでもイメージしてしまう。
なのになかなか実行しないのが憎たらしい。
観客の気分が悪くなるほどに緊張感を煽ってくるのだからお見事である。
こういった演出部分は相変わらず冴えているが、シナリオ自体にはそれほどのこだわりは感じられない。
そもそもジャックは常に誰かの命を奪い、自身が所有しているピザ屋の冷凍倉庫に遺体を次々と放り込んでいる。
生活費など、どうやって金を捻出しているんだっていう疑問が終始頭をよぎっていたが、説明されることもない。
明らかに普通の映画とは一線を画す作りとなっているが、ラース・フォン・トリアーのインタビュー記事を漁っていると、紐解ける箇所もいくつか出てくる。
本作に関して「限界まで追い込まれた芸術家の話で、60人もの人の命を奪うことで芸術を作り上げられるかもしれない」と語っている。
彼自身も納得できるとのことで、つまり人の命を奪うというのはメタファー。
ラース・フォン・トリアー作品は挑発的で、不快感を煽るシーンが非常に多い。
本作でも胸くそシーンはかなり多く見られる。
とくに親子をターゲットにするパートはたっぷりと暗い気持ちにさせてくれた。
こういった演出の意図として、余韻を与えることが目的とのこと。
「挑発による刺激によって、それが何を示すのか考える。なので観客が不快感によって早々に劇場を後にしても、彼らはそれについて考える。最初は嫌いでも、考える機会を与えることに繋がるので私にとっては良いことなんです」と語る。
この考え方については納得できる。
つまり普通が一番良くないということ。
普通は相手に何も残らない。これほど屈辱的なことはない。
もっと分かりやすく言えば、例えば気になっている異性とデートで無難な会話ばかりして、相手に自分の印象が何も残らないのは最悪だ。
ちょっとイジワルして嫌われるくらいがまだマシということ。
そっちの方がこちらを意識して考えさせるキッカケとなるので脈が生まれる。
子供の頃、気になる子にスカートめくって逃げて「ベロベロバー」ってやったりするが、実はこっちの方が距離が縮まったりする。
そう考えると、ラース・フォン・トリアーの映画作りは子供的とも言える。
子供のいたずらような映画を作り、大人を挑発し続けるカルト作家。
面白味のあるストーリーではないが、多少のインスパイアは貰えたし、彼の強烈な作家性に浸れたのでそこそこの満足は得られた。
観客の思考を広げてくれるようなこういったぶっ飛んだ作品をまた作って欲しいもの。
ハウス・ジャック・ビルトの作品情報
■監督:ラース・フォン・トリアー
■出演者:マット・ディロン ブルーノ・ガンツ ユマ・サーマン
■Wikipedia:ハウス・ジャック・ビルト
■映画批評サイト「rotten tomatoes」によるスコア
TOMATOMETER(批評家):58%
AUDIENCE SCORE(観客):66%
ハウス・ジャック・ビルトを見れる配信サイト
U-NEXT:○(有料)
Hulu:-
Amazonプライムビデオ:○(字幕・有料)
TSUTAYA TV:○(有料)
Netflix:-
※2020年1月現在