■評価:★★★☆☆3
「ゴジラ」

【映画】GODZILLA(1998年版)のレビュー、批評、評価
『インデペンデンス・デイ』『デイ・アフター・トゥモロー』『2012』『ホワイトハウス・ダウン』『ミッドウェイ』のローランド・エメリッヒ監督による、1998年公開のゴジラ映画。
日本が生み出した怪獣ゴジラを、初めてハリウッドが製作することになったのが本作である。
南太平洋で、日本の漁船が謎の生物に襲われ沈没する事件が起きる。某保険会社から派遣されたと語る男、フィリップ・ローシェは唯一の生存者となった老船員から何を目撃したかを問い出し、朦朧としながらも恐怖に慄いた言葉で「ゴジラ」という名が紡がれる。翌日のチェルノブイリにて、放射線による生物への影響を調査していた生物学者のニック・タトプロスは米国務省からの要請でパナマへと向かう。半ば強引に被災地の調査チームに編入されたニックは畑違いと訝るが、そこで巨大な生物の足跡を目の当たりにし、驚愕する。続いてジャマイカや大西洋でも貨物船や漁船が次々と襲われる。
ゴジラファンからは評判の悪い、ローランド・エメリッヒ版のゴジラ。
私は評判の悪さというより、怪獣や特撮といった類いは大して興味がないため、本作はスルーしていた。
だが、YOUTUBEでかまいたちの山内が「エメリッヒ版ゴジラが好き」と言っていたので、軽いノリで鑑賞した。
鑑賞した結果、確かに、ゴジラファンが納得できないのは理解ができる。
本作はゴジラ映画ではなくモンスター・パニック物として作られている。
ゴジラ映画とモンスター・パニック映画のジャンルの違いに、明確な定義は存在しない。
私の感覚からいうと、ゴジラとはもっと神々しい存在であるということ。
ゴジラは信じられないほどの巨体で、人間が何をしても傷すらつけることのできない圧倒性。
故の神々しい存在であることがゴジラにとっては必要な属性。
だが、本作のゴジラはそんなに大きくない。
ニューヨークの中を暴れまわるゴジラは、摩天楼よりも低い背丈である。
そのため、少し迫力に欠ける。
何なら中盤あたりで、大量の卵に産むのだ。
この卵という発想がモンスターパニックものっぽい。
やはりゴジラは替えの利かない孤高の存在であってほしい。
神がたくさんいたら、一体あたりの神性は薄れてしまう。
そもそもローランド・エメリッヒはゴジラ・ファンではない。
だが、『インデペンデンス・デイ』の大ヒットを受けて、当時ノリノリだったため、オファーされたのだろう。
エメリッヒは当初は断ったらしいのだが、何度もアタックされて、仕方なく撮影に挑んだそう。
やはり、ゴジラのような大量のファンを抱えるジャンルは、理解のある人間に作ってもらいたい。
あと、先に『シン・ゴジラ』を見てしまっているのもよくなかったと思う。
『シン・ゴジラ』はエヴァンゲリオンシリーズの監督・庵野秀明の作品。
『シン・ゴジラ』のゴジラ性はあまりに完璧すぎた。
ゴジラファンではない私ですら、『シン・ゴジラ』のあの圧倒的すぎる強さは、たまらなかった。
私が生涯で唯一、劇場で2回鑑賞したのはシン・ゴジラのみである。
そのくらいすさまじい迫力のある映画だった。
あと本作は古い映画なせいか、テンポが悪いのも気になる。
例えば、よくわからん女キャラのエピソードなど。
いくらでも削れるシーンはあった。
もっとテンポよく描いてもらいたい。
とはいえ、本作はゴジラ映画としては微妙だが、モンスターパニックものとしてはそこそこ見られる。
そのため、そこまで評価は低くしていない。
やはり敵が進化(成長/変化)をするって良い。
本作はそれが卵にあたる。
あと、かまいたちの山内が熱弁していた最後のジャン・レノの背中は素晴らしかった。
戦いが終わったあとの哀愁を感じさせる男の背中。
妙に記憶に残る背中である。
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■アンストッパブル
■孤狼の血
■グリーンブック
■スウィート17モンスター
GODZILLA(1998年版)の作品情報
■監督:ローランド・エメリッヒ
■出演者:マシュー・ブロデリック
ジャン・レノ
マリア・ピティロ
ハンク・アザリア
■Wikipedia:GODZILLA(1998年版)(ネタバレあり)
■映画批評サイト「rotten tomatoes」によるスコア
TOMATOMETER(批評家):15%
AUDIENCE SCORE(観客):28%
GODZILLA(1998年版)を見れる配信サイト
U-NEXT:○(見放題)
Hulu:○(見放題)
Amazonプライムビデオ:○(見放題)
TSUTAYA TV:○(有料)
Netflix:-
※2021年9月現在