小説『禍』ネタバレなしの感想。このホラーがすごい! 2024年版で1位を獲得したホラー短編集

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■評価:★★★☆☆3.5
■読みやすさ:★★★☆☆3.5

「変身の面白さ」

【小説】禍のレビュー、批評、評価

『残月記』の小田雅久仁による2023年7月12日刊行のダークファンタジー小説。
「このミステリーがすごい」「このマンガがすごい」などのムック本でおなじみの宝島社が、今年、刊行した「このホラーがすごい」で1位を獲得している。
ホラー好きの私としては、興味津々で手に取った。

◆食書★★★★☆4

【あらすじ】小説家の男は、2年前に離婚してH市の一人暮らしのアパートから徒歩10分のショッピングモール『スカイゲート』の多目的トイレに向かう。するとすでに入っていた、四十代の小太りの女性と鉢合わせになる。女は用を足しておらず、下がった便座の蓋に座って読書に没頭していた。男の闖入を無視して。すると、女は唐突にページを破って丸めて口に放り込む。女と初めて目が合う。紙を吐き出すかと思ったら、女は飲み込んだ。「絶対食べちゃだめ!1枚食べたら引き返せない!」と女は警告し、小走りで去った。男は本を食べた女が気になり、自分も本のページを1枚ちぎって食べると、なぜかマンションのエレベーター横の掲示板の前にいた。男は別人になっていた。

本を食べると、物語の世界に入り込むダークファンタジー。
この設定は、個人的に馴染み深い。
私は小学生の頃、親にねだって近所のレンタルビデオ店で、映画版のドラえもんを借りて観るのがとても好きだった。

当時、ビデオ化されていた作品は一通り鑑賞し、未だにいくつか記憶に残ってる名作がある。
『ドラえもん のび太のドラビアンナイト』では冒頭、夏休みでヒマを持て余していたのび太は、ドラえもんの秘密道具『絵本入り込み靴』を使って、のび太が幼少期に読んでいた絵本の世界に片っ端から入る遊びを楽しんでいた。

最高に羨ましい道具の1つで、未だに折に触れて思い出す。
子供の頃はマンガにハマっていたので自分も物語の世界に、入り込みたい夢想にふけっていた。

そんなドラえもん的な設定をホラーとして描いたのが本作。

描写が緻密ですぐに物語に入り込んだ。
恐らく作者は、純文学が好きなのだろう。
小説家である主人公を通して太宰とか、過去の文豪の名前についてちらほら言及があったため。
エンタメ作家とは思えない文章力で、不気味で不思議な世界観が生々しく描かれる。

女性が魅力的。
本の中で出会う奇妙な女性が出てくるのだが、世界観と相まって妙に妖艶で惹きつけられる。
というか全編を通して、著者の描く女性は独特で、読後も頭の片隅に残るキャラの強さがある。

短編集である本作の一篇目は一番魅力的で楽しめた。

◆耳もぐり ★★★☆☆3

【あらすじ】中原光太は、失踪した恋人の香坂百合子を探すため、彼女が住んでいたマンションのとなりに住む男と接触していた。男は『耳もぐり』について話したいとのこと。また、7年間、百合子の隣人をやっていた男は百合子の行方を知っているという。耳もぐりは、浅間山荘事件が世間の賑わせた昭和47年、男が26歳のときに初めて目撃した。当時、帰りの電車で寝ていると、奇妙な男が向かいに座る女の前に立つ。奇妙な男が女の耳に伸ばした手は奇妙な形をして、指の曲がり方もおかしい。奇妙な男は女の耳をこじ開けて、吸い込まれて消えた。時間にしてせいぜい2、3秒の出来事だった。

これもまた魅力的な設定。
本作のジャンルはホラー小説ではあるが、どちらかというとダークファンタジー。
定期的にフジテレビで制作されているスペシャルドラマ『世にも奇妙な物語』に選出されてもおかしくない不思議な世界観に引き込まれる。
1つ前の『食書』と同じで、身近なものが、不思議な世界に飛び込むための扉として機能する。
普段は絶対にやらないような行動が鍵となる。

だから読者はすんなり入り込めるし、好奇心旺盛な子供が見たら、間違いなく試すだろう。

禁止事項など、いくつかのルールがあるのは良かった。
『自分には耳もぐりしてはいけない』
『誰かに耳もぐりした体で、さらに別の誰かに耳もぐりすることも危険』(マトリョーシカ的なイメージ)
とのこと。
禁止事項が挙げられると、読者としてはどうなるのか興味が煽られる。

ただ、本作は目的がよく分からない。
結局耳もぐりできたから何なのか、といった読後感だった。
何かしらのテーマは描かれていたのかも知れないが、知能が控えめな私には汲み取れなかった。

とはいえ、いかれた斬新な設定に触れられただけでも鮮度を感じられて面白かった。
他人になりたいって誰もが一度は考えるだろう。
超絶イケメンになった世界を見てみたいもの。

◆喪色記★★☆☆☆2

【あらすじ】「どんな芸術家であれ、いい作品をつくりたければ、自分に正直になるしかない。優れた芸術家は、一生をかけて正直になることを学ぶ」 と、彼が中学の頃、ドキュメンタリーで老小説家が口にした言葉が印象に残っていた。また、彼は物心ついたときから目が苦手だった。目隠しすれば命のありようが失われ、ひと度、目隠しを外すとその人間は世界に開かれた存在になる。目はどこか他の世界につかながっている感覚があった。26才の彼は精神を病み、休職することに。父は52才で膵臓がんで命を落とした。その頃、彼が『ざわめき』と称する感覚に悩まされるようになる。背後から何かざわざわとこちらへ迫ってくる感覚。また父の死後の十三歳の頃から、同じ世界観を持つ不可解で荒唐無稽な奇妙な夢を繰り返し見るようになる。『滅びの夢』と称し、見るというか接続するような感覚だった。年を重ねるように滅びの夢を頻繁に見るようになった。

夢を題材とした物語の名作は多い。
他人の夢(意識)に侵入し、アイディアを盗む企業スパイを描くSF映画『インセプション』。
第96回アカデミー賞の作品賞を受賞した『オッペンハイマー』を監督したクリストファー・ノーラン作品で、クセ強な世界観の『インセプション』はファンも多い。
また『インセプション』のモチーフ元となる、SF小説家の筒井康隆原作で、アニメ映画監督の今敏が映画化した『パプリカ』も有名。

個人的には夢とか妄想、仮想空間を題材とした物語が苦手。
理由は簡単で、現実ではない実在感のなさは、主人公たちが感じる痛みが伝わりづらく、緊迫感を感じられない。
仮想世界のゲームの中で奮闘する『ソードアート・オンライン』は楽しめた。
『ソードアート・オンライン』はゲーム内で傷ついたり、命を落としたりすると、現実にも同じ影響を及ぼすため、スリリングで見応えがあった。

本作の『滅びの夢』は設定も分かりづらく、あまり楽しめなかった。
冒頭に描かれる『正直になる』というテーマも入って来なかった。
本短編集で最も合わなかった作品。

◆柔らかなところへ帰る ★★★☆☆3.5

【あらすじ】飲料メーカーに勤める会社員の男は、細い女を好きだと思っていた。5年前の27歳の頃、初めて後の妻となる鶴のように痩せている幸枝を誘った。3年後に結婚。2年経った今も平穏に過ごしている。あの夜までは。仕事帰りの夜、K駅のロータリーで路線バスに乗っていると「お隣よろしいですか」と大柄の女に声をかけられる。年齢は三十くらいで肥えた女。しかしだらしない印象はなく、まとわりつく肉をてなつずけているような凛としたはりがあった。すぐに女は眠りにつく。男は思わず女の胸元に視線がいく。かつて味わったことのない魂に働く引力を感じた。ロータリーを回り、遠心力で女の肉が押し寄せる。彼のズボンがキリキリと痛いほどに張り詰める。バスが右折すると、女の左腕が男の太ももに乗る。すると、女の左手が動き、彼の太腿の上でが小さな円を描く。女の指先はとうとう、固く熱く張り詰めた尾根を探りあて、その上を寄せては返す波のように這い回りはじめる。男は、欲望を振り払うように停車ボタンをおす。すると、女は目を覚ましたふりをして「すみません」と微笑を浮かべて謝罪する。あくまで寄りかかったことに対して。普段降りるバス停は三つ先。女の前を通ろうとすると、男の左脚を女は両膝で挟んできて「すみません、私、立ったほうがよかったですね。まさかここで降りると思わなかったので?今度から気をつけますね」と女。

作者の癖が全開の作品。
私は、ストライクゾーンが東京ドーム並の広さなのだが、どちらかというとぽっちゃり体型が好み。
そのため、読みながら私の下の方の尾根もぐんぐんと天空を目指し、もがいていた。

シチュエーションが最高で、バスの中で出会うというのがいい。
私は東京に住んでいるのだが、クモの巣のように線路が張り巡らされており、移動手段は電車ですべてが事足りる。
どこか田舎のようなノスタルジーな雰囲気が漂うバスでぽっちゃり女子にイタズラされるって、妙な味がある。

あらすじ以降の展開が見どころ抜群。
男はもう一度、活発なぽっちゃり女子と再会を目指してバスに乗っては目を光らせる。
しかし思わぬ出会いが待っている。
意表をつく展開で、まるで先が読めないので貪るようにページをめくらされる。

いっけん、大人の小説のようにも思えるが、そこは世にも奇妙な小説。
(ジャンルが、ホラーというよりダークファンタジーなので)

結末はなかなかイカれたクライマックスを見せる。
深夜枠だったらドラマ化もできるのではないだろうか。

作者の癖が全開のストーリーで私は好みだった。
女性とか、細身女子好きの男性にはまるで刺さらないと思う。

◆農場 ★★★☆☆3.5

【あらすじ】井上輝生(てるお)はホームレスで年齢は28。二月、公園で本を読んでいた。「本が好きか」と、60くらいのホームレスに話しかけられる。続けて「仕事はどうだ?」と聞かれ、30分後には、男の運転する白いバンに乗っていた。篠田と名乗る男は、「農場に向かってる」と説明する。バイオ関連企業が『ハナバエ』という実験的な作物を育てているとのこと。

この作品も面白い。
ホームレスが唐突に接触してきた謎の男に連れられ、『農場』と呼ばれる謎の施設に向かう。

農場と聞くだけでムチでしばかれ、馬車馬のように働かさせられる映像が頭をよぎる。
しかし実際に到着した場所はまるで想定外の施設である。
果たして『ハナバエ』とは何なのか。
何の目的で『農場』は建てられたのか。

冒頭が生々しくて良い。
私は、たまにユーチューブで怪談を聞いたりする。
誰かが新宿のホームレスの怪談について語っていた。
謎の小綺麗な男に話しかけられ、とある病院に連れて行かれたとのこと。

ホームレスの連中は多くの人から声をかけられると思う。
食べ物をくれるNGO的な団体の人だったり。
ホームレス仲間とも交流することはあるだろう。
当然、悪意を持った連中が私利私欲の目的で接触してくることもある。
どんな場所であれ、人から声をかけられた場合、警戒心を働かせ相手の目的を探る必要があると思う。

あまり多くは説明されない話だった。
だが、読者の想像力を刺激するのに十分な情報が与えられている。
読後は色々と考えさせられ、余韻の残る印象的な作品だった。

◆髮禍 ★★★☆☆3

【あらすじ】主人公の女は、子供の頃から髪を切られるのがイヤだった。髪の毛が持つ独特の死の翳りが気持ち悪かった。4年前に浮気した旦那に「幸せが似合わない」と呪いめいたことを言われて離婚。33の今、壊れかけた人生を生きている。25のとき、介護の仕事に就いたが、目もくらむような過酷な職場でやめた。現在、魂がぬけたように怠惰な日々を過ごしていると、脇田から悪魔の誘いが来る。かつて働いていた夜のお店のマネージャーで、十年ぶりに連絡が来る。「今どんな髪型してる?」と脇田。一泊二日で10万になる仕事の誘い。人に触られることもないとのこと。内容は宗教儀式のサクラで、女はやることに。

奇っ怪な話。
宗教のサクラは、確かにありそうな仕事。
入会しようかどうか迷っている信者候補生の後押しをする目的があるのだろう。
しかし脇田が語る『宗教儀式』という言葉は引っかかる。
脇田が身を置く宗教では一体どんな儀式が行われるのか。

電話してきた脇田は開口一番にどんな髪型なのかを尋ねて来たが、髪を信仰する『惟髪(かんながら)天道会』という組織名の宗教。
教祖は髪読日留女(かみよむひるめ)という名前で90の老女。
怪しさ満載すぎる。

アニメ・映画評論を得意とする岡田斗司夫が、創立から100年経過していない宗教はすべて新興宗教、なんて言っていた。
確かにまともな宗教であれば、定期的に新規の信者を獲得し、支持され続けるだろう。
クセ強な惟髪天道会は果たしてまともな宗教なのか。

個人的にはぶっ飛びすぎてて、そこまでハマれなかった。
作者が何でこの話を作ったのか理解しがたい。
ただ冒頭は引き込まれるし、先の展開は気になったので、短編として十分楽しめた。

◆裸婦と裸夫 ★★★☆☆3

【あらすじ】元漫画家志望で、現在はお堅い会社に勤める圭介は、通勤電車で見かけたの中吊り広告の『現代の裸婦展』に興味を覚える。今度の休みに行こうと決める。当日の朝、体の調子が悪く、皮膚が過敏になっている。しかし、倦怠感や頭痛はないので予定通り美術館に行くことに。電車の中。目の前に座る二十代の眼鏡女子が今どき珍しく文庫本を読んでいて気になる。隣の車両が騒がしい。すると隣から、四十くらいの男が飛び込んでくる。腹が出た体形で、体中にはミミズ腫れのような掻き跡まみれだった。服装は裸にネクタイ。「お前ら!いつまでもそんな、格好してるんじゃねえ!そんな時代じゃないだろ!」と裸夫は叫ぶ。裸夫が走り回る。いろいろあって眼鏡女子が、裸夫と接触。眼鏡が吹っ飛び、裸夫の肩が入って身悶えている。圭介は裸夫を引き剥がし「大丈夫てすか」と声元眼鏡女子に声を掛ける。「あんた何やってんの」と中年女性の声。少し離れたところで若い男が服を脱ぎだした。裸夫Bの誕生。

この話もぶっ飛びすぎ。
ウイルス感染のように、『服を脱ぎ捨て、生まれたままの姿になる』衝動が伝染していく世界観。
主人公は不思議と感染から免れ、同志たちと協力し合い、感染者たちから隠れる流れになる。

最後まで読んでもイマイチ、テーマがピンと来なかった。
作者はこの作品を書いた頃は、心を解放したい衝動に駆られていたのだろうか。

でも小説家って本当にいい仕事だと思う。
作品の中で自分が吐露したいことを物語に乗せて吐き出せるから。
クリエイティブがあまり関わらないサラリーマンとかは、心の中のもやもやがあっても、仕事で吐き出すことはできないので、ストレスは溜まりやすい印象。
私も商業作家ではないけど、作る作品には自分の『好き』とか『思い』を詰め込んだシナリオがほとんど。
そのため創作という沼にハマっている実感がある。

無理やり、話を広げてみたが、最後の作品は万人受けはしない印象。

最後にまとめると、全体的に大きなハズレが少なく、魅力的な作品が多かった。
というか、どの作品も独特な世界観に惹き込まれる。
文章もテクニカルだし、意外と純文学好きにウケるような気がする。
ホラー的な怖さは皆無なので、そこを期待すると肩透かしを食らうと思う。
世にも奇妙な物語好きには勧めたい。

変身をモチーフとするおすすめ作品はコチラ。

■劇場版 ほんとうにあった怖い話 変な間取り

■ディパーテッド

■極悪女王

禍の作品情報

■著者:小田雅久仁
■Wikipedia:小田雅久仁
■Amazon:こちら

この記事書いた人
柴田

子供の頃は大の活字嫌い。18歳で初めて自分で購入した小説『バトルロワイアル』に初期衝動を食らう。実写映画版も30回くらい観て、映画と小説に開花する。スリラー、SF、ホラー、青春、コメディ、ゾンビ、ノンフィクション辺りが好き。休みの日は映画、読書を楽しみつつ、エンタメ小説を書いています。腹括って執筆しているので、応募した新人賞に落ちると絶望してます。

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