■評価:★★★★☆4
■読みやすさ:★★★☆☆3.5
「ダメンズの末路は悲惨」
【小説】小銭をかぞえるのレビュー、批評、評価
現在、私が書いている小説のテーマ『〇〇の向こう側』を描くため、参考図書として本作を手に取った。
本作は、二本の短編からなる短編集。
とはいえ、主人公は同じだし、共通の登場人物も出てくるので、1冊の中編小説、といった印象だった。
非常に愉快な読書体験をもたらしてくれたので、1話ずつ感想を語っていきたい。
『焼却炉行き赤ん坊』
【あらすじ】私はこれまで女性からほとんど好意や愛情を持たれた試しがない。そうなるだけの理由がこちら側にある。容姿が醜い、夜の交流がしつこい、 貧乏人、中卒、多汗症、さらにひどく短気で弱い者いじめが好き。頭に血が昇ると女性に手をあげてしまう悪習はよく母を殴りつけていた父の影響。そんな私に10年ぶりの彼女ができる。通っていた中華レストランでウエイトレスをしている女性。やがて2人は同棲することになる。子供を欲しがる彼女の願望をはねのけていると、彼女は犬を飼いたがる。
久しぶりに西村賢太作品を読んだ。
何とも不穏なタイトルだけど、結論から言うとめちゃくちゃ面白い。
西村賢太は私小説作家。
私小説は実体験をそのまま素材にして作品にしたジャンル。
本作の主人公も作者の見た目、価値観、そのままが作品に反映されている。
作品内では大正時代の小説家、藤澤清造の没後弟子を自称し、自費出版で全集を刊行しようとするほど推している。
ほんと執拗に藤澤清造の名前が出てくる。
ウィキペディアを見る限り、西村賢太本人も本当に敬愛していて、月明日には毎月、石川県の七尾まで出向き、墓参りを欠かさなかったとのこと。
私は祖父母の墓参りすらしていないので、本当に凄いと思う。
主人公の名前は作者と同じ『けんた』らしいが、作品内では一度出てくるだけ。
内容についてだが、信じられないくらいのクズキャラ。
主人公けんたは酷い短気で、24の頃に付き合った女性には、口論の末、ぶん殴って前歯を叩き折ったとのこと。
自分より力の弱い女性に暴力を振るうとか、頭がおかしい。
ようやく十年に彼女ができたところから、物語は始まる。
女好きで、夜のお店にも足繁く通う色狂いのけんたは浮かれに浮かれる。
しかし、同棲を始めると彼女の肉体に飽きがきて次第に抱かなくなる。
本当にゴミカス人間だ。(言葉が汚くてすみません。でもこの表現が最適)
けんたは見た目的にも性格的にも彼女を選べる立場じゃないのに。
でもこのキャラクター、どこか愛しさがある。
いや、本当にやばいし、近くにいたら関係性を持ちたくない。
やたら上で偉そうなのに、寂しがりだし、一人称は『ぼく』。
彼女を怒らせてやばいと思ったら謝るし、父親は犯罪者だし、何より見た目が豚みたいなルックス。
何だかけんたの不遇には感情移入する。
中卒なのに、古典小説が好きという高尚な趣味も良い。
キャラクターが反り返るほどに立ちまくってる。
キャラクターと同じくらい素晴らしいのがストーリー。
キャラクターの変化の応酬で物語が展開していくので、ドラマが濃密。
普通のストーリーって、新しい情報が投入されて展開していく。
例えば新キャラが出てくるとか、あるいは何かトラブルが起きたなど。
しかしこの作品、けんた、あるいは彼女の行動を起因に相手に影響を与え、心境の変化が訪れ、新しい展開が生まれる。
そのため、少ない登場人物にも関わらず、読み応えが抜群。
これはぜひとも読んで実感してもらいたい。
さすがは芥川賞作家の手腕。
『小銭をかぞえる』
【あらすじ】S印刷 への内金の支払日が再来週に差し迫っていたが金が足りない。金を工面するため、手持ちの古書を何冊か手放す決意をする。翌日10時過ぎ。神保町の馴染みの古書肆『A書林』に向かう。主人の新川は私が持ち込んだ古書は大した金額にならないと言う。私は記憶をたどる。現在、茨城で郵便局員をやっている山志名(やまさね)という男を思い当たる。新川から5000円を奪い取り電車に乗った。
本編は『焼却炉行き赤ん坊』と同じ世界観の物語になっている。
冒頭で金策のため山志名に会いに行くのだが、描かれるメインエピソードはやはり、元ウエイトレスで同棲中の彼女との諍い。
そのため、けんたが主人公となる。
山志名という男は、昔、日雇いの港湾で知り合った年下の男。
しつこく酒に誘ったり、しつこく女を紹介しろ、要求を繰り返している内に疎遠になった。
けんたらしいゴミエピソードで笑える。
私は本作を読んで思ったのが抜けている偉そうな(または自信家)のキャラクターってすこぶる魅力的だ。
今、再読中の『火花』にも主人公の徳永が師匠と崇める神谷は、やたらと自信家で偉そう。
徳永の師匠になる代わりに「ひとつ条件がある。俺の伝記を書け」と迫る。
理由としては「俺のことを忘れずに覚えて欲しい」とのこと。
何とも愛しい理由。
けんたも寂しがりなので2人は通ずるところがある。
本編はけんたの暴走が、前話を遥かに凌ぐキレっぷりで、笑えるし、さすがに不愉快だった。
まずは、山志名と接触に成功する。
山志名は当然、金を払いたくない。
しかし、けんたは金をもぎ取りためにあの手この手の策に出る。
しかもけんたは山志名に、対して頼み込む側なのに言葉の節々が偉そう。
本当にクズすぎて不愉快でしかない。
なぜ、彼女はこんな底辺と同棲しているのかが理解不明。
もちろんその後の彼女とのやり取りも最悪の極み。
笑えるのが、けんたは山志名にも彼女にも、自らの要求を通すため、最初は仕方なく媚びへつらう。
でも根の嗜虐性が秒で殻をぶち破って傍若無人に振る舞う。
クライマックスは行くところまで行っちゃってるので、好みは別れそう。
私はギリギリありだった。
女性は相当に不愉快に感じると思うのですすめづらい。
よくもまあこんな化け物みたいなキャラクターを生み出したと思う。
私小説なので、一体どこまでが自分自身なのだろうか。
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■虚の伽藍
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