■評価:★★★★☆4
■読みやすさ:★★★☆☆3.5
「希望と絶望は数珠つなぎ」
【小説】ブレイクショットの軌跡のレビュー、批評、評価
『同志少女よ、敵を撃て』の逢坂冬馬による2025年3月12日のドラマ小説
【あらすじ】底が抜けた社会の地獄で、あなたの夢は何ですか?
自動車期間工の本田昴は、Twitterの140字だけが社会とのつながりだった2年11カ月の寮生活を終えようとしていた。最終日、同僚がSUVブレイクショットのボルトをひとつ車体の内部に落とすのを目撃する。見過ごせば明日からは自由の身だが、さて……。以降、マネーゲームの狂騒、偽装修理に戸惑う板金工、悪徳不動産会社の陥穽、そしてSNSの混沌と「アフリカのホワイトハウス」――移り変わっていくブレイクショットの所有者を通して、現代日本社会の諸相と複雑なドラマが展開されていく。人間の多様性と不可解さをテーマに、8つの物語の「軌跡」を奇跡のような構成力で描き切った、『同志少女よ、敵を撃て』を超える最高傑作。(Amazon引用)
第173回、直木賞候補作品2作目。
同著者のデビュー作『同志少女よ、敵を撃て』は第二次世界対戦を舞台に、ソ連(ロシア)の女性スナイパーが奮闘する戦争小説だった。
私は未読だが、1つ前の作品『歌われなかった海賊たち』は、第二次世界対戦でソ連が所属する連合国と敵対する枢軸国のナチス・ドイツを描いている。
対して本作は、まるで正反対の現代日本を舞台とする社会派ドラマ小説。
(アフリカで内戦が描かれるパートも少しだけあり)
逢坂さんにどういった心変わりがあったのか、と思ってインタビューを漁った。
元々、逢坂さんは様々なジャンルを書く書き手で、読者に固定のイメージがつくことを恐れ、今回、現代日本を舞台にした作品を執筆したそう。
確かに1つのジャンルだけを書く書き手と思われた状態で新しいジャンルの作品を作りたいってなると、読者が 困惑する以上に、編集が企画にゴーを出し辛そう。
『読者が逢坂さんに期待するのは近代戦争ものですから』と言いくるめてきそう。
本作に話を戻すが、結論から言うと読み応えのある面白い小説だった。
キャラクターがすこぶる魅力的だった。
『同志少女よ、敵を撃て』は主人公セラフィマをスナイパーとしてスカウトした鬼軍曹のイリーナとか、印象的なキャラはいた。
だが それ止まりで、特に魅力的には感じなかった。
テーマの『戦時中から女性の尊厳はないがしろにされ続けた惨さ』や、世界観を描くことに多くのエネルギーを注力した結果、キャラ作りにまで手が回らなかった印象。
特にセラフィマはイリーナに憎しみを抱き、命を奪おうと画策する設定だが、個人的には無理があるように思える。
なぜなら、イリーナはそこまで憎まれるほど、セラフィマにひどいことをしていないため。
対して本作は、キャラクターがイキイキしていた。
特に心を揺さぶられたのは主人公の青年、後藤晴斗の親父の友彦。
鳶が鷹を産んだと自ら口にするように、友彦は境界知能の疑いがある知能レベルだ。
対して、子供の頃から知的好奇心旺盛な晴斗は頭脳明晰。
友彦は分からないことがあるたびに晴斗に説明を求める関係性が印象深い。
だが、『自分は、善良なだけが取り柄』と、友彦は割り切り、家族のために仕事に奮闘する。
晴斗もそんな親父に懐いており、平穏な家庭を築いている。
そんな後藤家にとんでもない悲劇が起こるのだ。
あまりに辛い展開で胸が苦しくなった。
とにかく後藤家、特に友彦には何とか報われて欲しいと願ったし、友彦の存在がページをめくる手を加速させた。
他にも晴斗と仲の良い修吾の親父の冬至とか、物語後半で晴斗が深い関わりを持つ志気など、魅力的なキャラクターがとにかく多い。
晴斗も魅力的なキャラクターだが、もっと色んな感情を見せて欲しかったし、変化も控えめなのは物足りなかった。
情報密度は濃厚だった。
『同志少女よ、敵を撃て』でもソ連視点の戦争のピリついた空気感にハラハラドキドキした。
本作も経済やアフリカの内戦について緻密に描かれていて臨場感があった。
途中、出てくるブラックな不動産会社に勤める十村のエピソードは、完全に『地面師たち』の新庄耕さんのデビュー作『狭小住宅』を参考にしていて懐かしくなった。
小説家って小説も資料として使うんだなあと思った。
気になる点に関してはテーマ。
本作は、電子書籍 で 630 ページという超長編小説。
8人の視点人物からなる物語のボリュームは凄まじく、最終的に何が描きたいのか、いまいち分かりにくかった。
『同志少女よ、敵を撃て』も短い話ではないが、明瞭なテーマに向けてシャープに描き切った印象があった。
だが、本作は情報量が多いので、作者が何を描きたかったのか、読後に残りづらい。
とはいえ、1台の車を通じて8人のキャラクターの変化や成長を描くスケールはクソデカで読み応え抜群だった。
直木賞を取れるかは怪しいが、読書好きには勧めたい。
怪しい理由は、今読んでいる『逃亡者は北へ向かう』が受賞一択としか思えないため。
まだ候補作6作中、読んでいるのは現在3冊目で、『逃亡者は北へ向かう』の進捗はまだ半分。
受賞一択に思える理由は、当該作品の記事で書こうと思う。
■登場人物一覧
本田昴:28歳の自動車期間工
鈴木世玲奈:高円寺のライブハウスで知り合った年上女性。昴の恋人
タカノマキ:昴が好きなミュージシャン
幻龍:ラッパー
松山:昴の同期、昴の10歳年上、勤務最終日、ボルト締めをしていたSUVのブレイクショットの車内にボルトを1つ落とす。
奥村:昴の同期
清田:昴の同期、22歳。同期組で一番若い
後藤:昴が働く工場の正社員
臼井:昴が働く工場の現場の管理職
美和っこ:昴のXのポストにリプライをくれる
エルヴェ:中央アフリカ共和国の兵士
フェリックス:エルヴェの相棒。女好き
アンリ:エルヴェの同僚
ジェイク:ゲストの両親の息子
霧山冬至:ファンドグループ『ラビリンス』役員。ブレイクショット所有
宮苑秀直:ファンドグループ『ラビリンス』経営者。新型プリウス所有
香織:冬至の妻
修吾:冬至の息子
深見大地:ラビリンスの社員。違法の薬を使用して懲戒解雇となる
吾妻達樹:ラビリンスの役員。
鈴原寿一:ラビリンスの広報。
坂口:冬至と宮苑の共通の知人で、ラビリンスの創業メンバー
藤田:ラビリンス創業メンバー。元金融庁
吉川和士:ラビリンスの役員。半年前に他社から引き抜かれた
野口:ラビリンス法務部長
後藤晴斗:修吾の友達でサッカー仲間
後藤友彦:晴斗の父、都営団地に住む間宮板金工業で働く板金工
中邑翔:後藤友彦の職場の後輩
間宮:間宮板金工業の社長
須藤幹也:修吾と晴斗が所属するユースチームの司令塔
十村稔:松代不動産勤務。社用車がブレイクショット。
松代拓也:松代不動産の創業者の長男、東京支社長
松代隆:松代不動産の社長
松代剛:松代不動産の時期社長候補、埼玉支社長
横井:十村が信頼を寄せる直属の上司
真田城生:非上場の中堅企業で課長職。十村が新宿駅で街頭勧誘をしている時に出会う30代後半の男。
門崎亜子:『カズ塾長の一億経済塾』の講師
市川:『カズ塾長の一億経済塾』の塾生
亜樹美:十村の妻
田中真広:十村が千葉で戸建て物件を売っていた頃のお客様
志気和馬:投資の専門家
錦貫:『カズ塾長の一億経済塾』の塾生。24歳、立命館大学卒
大内充:『カズ塾長の一億経済塾』の塾生。夫婦でバー経営する夢を持つ
大内羽菜:『カズ塾長の一億経済塾』の塾生。充の妻。
鷹埜真希:門崎を熱烈に推していた
古川:志気和馬の高校時代の同級生。オタク。情報処理分野に強い。
竜山健志:高原組武則会若頭
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■同志少女よ、敵を撃て
■テスカトリポカ


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