■評価:★★★★☆4
■読みやすさ:★★★★☆4
「日常から逸脱するから人は変われる」
【小説】Nの逸脱のレビュー、批評、評価
『二木先生(旧題:ニキ)』の夏木志朋による2025年1月22日刊行の日常スリラー小説。
元々『二木先生』はツイッターで誰かがレビューしているのを見て気になり、購入していた。(まだ未読)
真っ黄色なビビットな表紙に、溢れんばかりの文字で敷き詰められた文庫本の装丁は妙に惹かれたのだ。
本作『Nの逸脱』は下ネタ系YouTuberの佐伯ポインティが、YouTubeの動画で本作を紹介しており、気にはなっていた。
当該動画は下記。
『日常から逸脱する面白さ』といったあらすじが妙に気になったのと、本好き界隈で話題になっていた『二木先生』と同じ著者だったので、Amazonの欲しいものリストに追加してあった。
今回、第173回直木賞にノミネートされたので満を持して手に取って読むに至った。
結論から言うと好きすぎた。
面白いは面白いんだが、ダークな雰囲気の漂うイヤミス感に好みは別れると思う。
私はツボにハマりすぎて、久しぶりの一気読み作品と遭遇して嬉しかった。
全3話の短編集だが、お世辞抜きではずれなし。
『間違いな客』★★★★☆4
【あらすじ】爬虫類ペットショップ『レプタイルズ・メサ』でフリーターとして働く金本篤は、売れ残っているフトアゴヒゲトカゲに『フトシ』という名前をつけ、愛着を持っていた。ある日、オーナーの喜屋武がフトシを廃棄処分するため、運搬用のプラスチックケースに入れる。金本はフトシを救出するため、オーナーに提示された30万をかき集め、やがて逸脱へと舵を切る。
1話目から最高に面白い。
冒頭から振ってくるフックが魅力的な謎となっている。
タイトルにもなっている、爬虫類ペット業界で まことしやかに囁かれている『場違いな客』と思われる怪しい客がやってくるのだ。
なぜ篤はその疑いを持ったのか、の具体的な条件と、『場違いな客』とは一体何なのか、について伏せておく。
この謎めいた客とフトシはどのようにか関わっていくのかも含めて直接、読んで確かめて欲しい。
約70ページの短さなのに、スリルが半端ない。
短編でここまでハラハラしながらページをめくったのは初めてかもしれない。
文章が良い。
今回の直木賞候補はすでに 3作読んでる。
タイトルは塩田武士の『踊りつかれて』、逢坂冬馬の『ブレイクショットの軌跡』柚月裕子の『逃亡者は北へ向かう』。
上記3人の作者たちと比べ、著者の夏木さんの人生における小説の存在は物凄く重要だったように思える。
つまり、子供の頃から本の虫で、本が好きで好きでたまらない人生を送ってきたのではないだろうか。
そんな本好きらしい緻密でユーモアに富んだ文章が読んでいてい心地良い。
似た文体を持つ作家は、伊坂幸太郎が真っ先に浮かんだ。
小説家は必ずしも子供の頃から本を読んできたとは限らない。
伊坂幸太郎も子供の頃から本を読んでいたらしいので、文章は人の想いが出るのだなと今回、再認識させられた。
もちろん塩田武士さんたちの文章が悪いという意味ではない。
他3冊は題材がシリアスなので、夏木さんのようなユーモアにあふれた文章はそぐわない。
今回の直木賞候補作品について、『池袋ウエストゲートパークシリーズ』『娼年』などの小説家、石田衣良さんが下記動画で語っている。
石田衣良さんは本作を通じて夏木さんについて、『今回の候補者の中でも一番センスがある』と語っていて納得した。
ただ必要な情報を提示し、ストーリーを先に進めるだけのドライな文章ではない。
ところどころで脇道に逸れ、気の利いた文章やセリフで夏木ワールドへと読者を引き込む。
めっちゃ好き。
『スタンドプレイ』★★★☆☆3.5
【あらすじ】知的障害者の両親を持つ智子は、数学教師として相川高校に赴任する。受け持ったクラスの金髪女子生徒の安藤は、智子を敵視し、『臭い』と罵ったり、両親について悪く言ったりと目に余る言動が日々 エスカレートしていった。やがて限界を迎えた智子はある日、満員電車に乗り、逸脱を迎える。
本編も冒頭からフックをかましてくる。
智子は汚れた足を隠してタクシーに乗り込こむシーンから始まる。
どうやら、智子は教師という立場でありながら、犯罪まがいな何かをしでかしたらしい。
すぐに回想に入る。
授業中、不良少女の安藤があまりに胸糞悪い言動で智子を追い込む。
不穏な空気が漂う中、一体、智子はこれから何をしでかすのか、気になりすぎて、文字をむさぼるように追いかけた。
40ページという短さなのでこじんまりした話。
でも前話もそうなのだが、読者の予想を裏切るキャラクターの斜め上の言動に唖然させられた。
結果的に想定外の着地を見せるだから凄い。
このページ数にも関わらず、智子は一皮剥け、大きな成長を遂げる。
ハイクオリティな短編だった。
『占い師B』★★★★☆4
【あらすじ】霊視とうそぶき、コールドリーディングを駆使して占い師として人気を獲得し、豊かな生活を送る坂東イリス。ある日、一風変わったバカな女性・秋津がやってくる。「弟子にして欲しい」と懇願する秋津はちょっとした能力を持っていた。やがて坂東は逸脱の運命を辿る。
全3話の中で一番好きだった。
紹介動画で佐伯ポインティが語った通り、本作は天才vs努力型のバトルを繰り広げる構図だ。
松本大洋の『ピンポン』とか、すでにこのタイプの設定の傑作は存在するが、占い師ならではの不穏さに目が離せない。
キャラクターがスーパー魅力的。
『占い師は体力が重要』と持論を持つ坂東は、日ごろから鍛えている。
中年女性なのに筋肉ムキムキ。
客を騙して金を稼ぐ性根の悪さにふさわしい毒舌家。
未だかつて見たことないパンチ効いた占い師キャラが魅力的すぎる。
対するバカな秋津も負けず劣らずのクセ持ちだし、冗談抜きでいくらでも見ていられる対立だった。
続編が作られてもおかしくないし、もし刊行されたら間違いなく手に取る。
微妙な箇所もいくつかあり、3篇の中で一番ボリュームがある割に、一番ダイナミックさに欠けた。
理由は、坂東がピンチに陥っていないため。
たしかに能力の高い人物ではあるのでピンチを避けられる鋭い警戒心は持っているだろう。
でも私としては、坂東がどん底に堕ちるところをみたかった。
また、勝ち負けの定義が微妙だった。
それが勝ちでいいのか?、と突っ込みたくなるような勝ち方を狙う坂東には首を傾げたくなる。
読者が納得できる勝敗の決定方法を提示し、それを予想できない手段でクリアしてほしかったところ。
まとめるが、全体を通じて意表をついたストーリーは最高だった。
『この先こうなるのかな?』といった 予想はことごとく裏切り、気づいたらとんでもないところに連れて行かれる興奮を久しぶりに感じた。
漫画なら『HUNTER×HUNTER』『チェンソーマン』辺りが好きな人におすすめ。
この記事の草稿は2025/7/17に書いている。
昨日、今回の第173回の直木賞は『該当者なし』が発表された。
4作読んだ私としては納得。
読んだ4作は、全体的に面白いけど、『テスカトリポカ』のような突き抜け感に欠けた。
『Nの逸脱』が個人的に一番好きだが、直木賞という格式の高さとはやや異なる趣の作品に思える。
それでも『占い師B』がもし突き抜けていたら唯一、受賞はあり得たかもしれない。
気付いたらとんでもないところに連れて行かれるストーリーがキレッキレのおすすめ作品はコチラ。
■スマホを落としただけなのに
■爆弾
■ぼぎわんが、来る
Nの逸脱の作品情報
■著者:夏木志朋
■Amazon:こちら


コメント