■評価:★★★★☆4
■読みやすさ:★★★☆☆3.5
「大切なものも憎たらしいものも、すべてが手に届くところにある」
【小説】スモールワールズのレビュー、批評、評価
『ツミデミック』『光のとこにいてね』『恋とか愛とかやさしさなら』の一穂ミチによる2021年4月22日公開の短編集小説。
【あらすじ】夫婦円満を装う主婦と、家庭に恵まれない少年。「秘密」を抱えて出戻ってきた姉とふたたび暮らす高校生の弟。初孫の誕生に喜ぶ祖母と娘家族。人知れず手紙を交わしつづける男と女。向き合うことができなかった父と子。大切なことを言えないまま別れてしまった先輩と後輩。誰かの悲しみに寄り添いながら、愛おしい喜怒哀楽を描き尽くす連作集。(Amazon引用)
本作を読むきっかけは小説家の石田衣良さんが、自身のYouTubeで勧めていたため。
結論から言うととんでもない完成度の短編集だった。
短編は、ちょうど物語が盛り上がるところでぶつ切りになったり、あるいは分量が少ないせいか、あまり盛り上がらずに終わる不完全燃焼な作品が多い。
対して本作は一編一編、読み応えがあり、全編読後は濃い長編小説を読んだ後の満足度に匹敵した。
一編一編に起承転結があり、主人公が大きな変化を遂げるまでがきっちり書かれているという意味。
本作は直木賞候補になっているが、取れて居ないのが不思議なクオリティだった。
残念ながら対抗馬が佐藤究著の怪物『テスカトリポカ』なので、候補になった時期が悪かったとしか思えない。
『ネオンテトラ』★★★★4
【あらすじ】30代前半の女性をターゲットする雑誌でモデルの仕事をする美和は、夫の貴史との間に子供ができず、悩んでいた。貴史はなかなか子供ができないせいか、自分より若い女と浮気をしていた。だが、美和は浮気を指摘することなく、子作りも諦められずにいた。ある日、姪っ子と同じ中学に通い、親からDV被害を受ける少年、笙一(しょういち)と出会う。
冒頭、描写がくどくて読みづらかった。
比喩のジャンプ力が高すぎて、文章がするすると頭に入ってこない。
著者は元々、大人向けの小説から入っており、本作から一般小説としてのキャリアをスタートしている。
大人向け小説はちょっとやりすぎなくらいに過剰な表現が多いので、職業病なのだと思われる。
文体のクセが私と著者の感覚の不一致につながりそうで、本当に楽しめるのか不安に思いながら読み進めた。
次第に物語は不穏な空気が帯び、引き込まれていく。
読み終わったら軽く放心状態になった。
とんでもない作品だった。
一発目からかましてくる。
っていうか短編としての完成度が高い。
結末の衝撃も強い。
わずか40ページ程度の短い話なのに、ここまで読者の心を動かすのはすごい。
心理描写がとんでもなく緻密。
例えばだが、なかなか妊娠できない妻が主人公で、旦那の貴史は妊娠活動に積極的。
周りは、協力的な旦那さんは少数と言う。
だが、美和には貴史の態度が事務的に思えていた。
淡々とタスクをこなすのは、自分に不備がないことをデータで証明する、そんな態度に貴史は過去に他の女を妊娠させた経験があり、自分に無実であることを証明してるように見える。
たった一つのシーンで美和の根深い葛藤が生々しく描かれる。
こんなのがずっと続くのが、おったまげる。
内面の機微を丁寧にすくい取って、的確に描く。
どんでん返しも含め、本作が著者の力を余すことなく見せつける。
『魔王の帰還』★★★3.5
【あらすじ】夏。野球部をやめた高校生の鉄二が暮らす実家に、結婚して家を出た姉の真央が突如、帰って来る。身長188cmのプロレスラーのような巨体も持つパワフルな真央を、鉄二は魔王と呼んでいた。真央は離婚した原因を、家族に頑なに誤魔化していた。
一編目とは同じ作者と思えない毛色の違うコメディ風味の作品。
クセの強い方言でまくし立てる姉のキャラクターのインパクトが凄まじく、一発で魅力に引き込まれる。
シナリオに関しては『ネオンテトラ』ほどの衝撃展開はなく、割と控えめ。
だが、本篇もたった40ページ程度にも関わらず、姉の魅力が爆発しているので満足度は高い。
キャラクターのみなら、本作のほうが圧倒的に軍配が上がる。
好みでいうなら本作の全短編の中で、最も好きな作品。
また本作はコメディ要素が強いのか、あるいは一般小説の描写感覚に慣れてきたのか、文章の過剰な装飾はなりを潜め、かなり読みやすくなっていた。
真央がすこぶる魅力に感じる理由として、主人公との関係性が家族だからだろう。
例えば『成瀬は天下を取りにいく』の成瀬や、『同志少女よ、敵を討て』のイリーナなど、主人公との関係が友人や上司といった第三者で、パワフルで魅力的なキャラは多い。
本作の真央は血の繋がった家族。
私に兄貴がいる影響も大きいだろう。
兄がいると、どうしても理想の兄像を浮かべる。
私の兄は理想とはかけ離れた尊敬をしがたい存在で、疎遠になっている。
だからこそ、お節介でやかましいけど、最も身近な存在である家族(姉)の、自分にはないパワフルで道を切り開く真央の人間性に強く惹かれる。
『ピクニック』★★★3.5
【あらすじ】希和子の娘、瑛里子が結婚し1年半後に娘の未希が生まれた。自分の名前から一文字にとって名付けられた孫を、希和子は心から愛した。未希はなかなか眠らず、瑛里子の授乳を拒んだ。精神的に疲弊した瑛里子だが、生後10カ月にもなると未希は乳を飲み、眠るようになった。ある日、気分転換にと希和子は瑛里子に単身赴任の夫のもとに遊びに行くように提案する。
冒頭で『一家は大きな障害を乗り越えて今にいたる』といった文章から始まる。
そのため、本作は回想劇となる。
中盤まで、平凡な一家が描かれるだけ。
旦那が育児に参加しないところが引っかかりをするが、登場人物たちに強い違和感を覚えることもなく、淡々と回想ベースで物語が展開される。
本作はミステリー要素があり、ネタバレになるので、ほとんど語れない。
ただ、冒頭に書かれた一文は理解できるどころか、何なら事前のイメージを軽く飛び越えて、想定より大幅に上回るとんでもない障害を乗り超えている。
インパクトあるストーリーではあるが、謎となっている部分が後付けでどうにでもなる要素なので、そこまで心には響かなかった。
ただ意表を突つ展開はミステリーとしては面白いし、満足度も高め。
ミステリー好きにおすすめしたい。
というか、一穂ミチって、なんとなく本屋大賞系のほっこり系の物語を描く先入観があった。
実際は湊かなえ系だった。
『花うた』★★★★☆4
【あらすじ】向井深雪はお世話になった弁護士、伊佐大樹先生の葬式に、家族の秋生と行けなかった謝罪の手紙を、大樹の息子の利樹に送るところから物語は始まる。10年前、新堂深雪は兄の命が奪われ、精神的にやられ社会復帰は困難となっていた深雪は、伊佐大樹の勧めで、加害者の向井秋生に手紙を送る。
手紙のやり取りのみでお話が展開する変わった演出の短編。
長編では挑戦しづらいのだろう。
商業的にも、物語としてうまく成立させられるかも怪しい。
さらには、なぜ手紙で描こうと思ったのか、と読者は必然性も要求するだろうから。
短編ならではの尖った試み。
結論から言うと、一篇目の『ネオンテトラ』に匹敵する面白さがあった。
冒頭からぶっ飛んだ結末が提示される。
主人公の女性、深雪は秋生という旦那がいる様子。
次に提示される10年前の手紙では、秋生は深雪の兄の命を奪った事実が明らかになる。
一体どんな経緯で、深雪が憎き男と結ばれるのか。
謎がものすごく興味深く、物語のいいエンジンとして駆動した。
印象としてはものすごく丁寧に2人の感情の変化を描いていた。
結末までの流れは自然だったし、深く感情移入した。
後半は、とある超有名海外SF小説がよぎった。
パクりとも言えるような演出だが、指摘するのも野暮に思える。
そのくらい2人のキャラクターが魅力的だし、2人魅了された私は、どうか幸せになれるよう応援した。
『愛を適量』★★★☆☆3.5
【あらすじ】一人暮らしの50代の男、慎悟は惰性で高校教師として働く冴えない日々を送っていた。ある日、自宅マンション前に見知らぬ男がいる。「佳澄」と名乗る男は、別れた妻との間の娘だった。佳澄は性同一性障害で、男になるための手術を受けようとしていた。
この話も面白かった。
慎悟は職場で担任クラスを持っておらず、窓際族のような責任皆無の仕事を与えられている。
家はゴミ屋敷で、私生活も充実とは程遠い。
そんな慎悟の自宅マンションに突如、トランスジェンダーを告白する娘が訪ねてくる。
情報量が多すぎて困惑する慎悟に、読者は共感する。
佳澄は元恋人の女性に捨てられて、慎悟は仕方なく、しばらくの間、置いてやることに。
価値観・感性・歩んできた人生がまるで異なる佳澄を受け入れたことで、慎悟に大きな変化を及ぼす。
その一つ一つの変化が微笑ましい。
頑固なオッサンが、疎遠だったけどお節介でやかましい子どもにほだされていく姿は、暖かい気持ちになる。
誰かが語っていたが、お節介こそ家族性が出るもの。
他人はそこまで自分に構ってくれない。
やかましいけど、やたら飯を食わせてきたり、望んでもいないアドバイスをしつこくしてくるのって家族ならではの特権だ。
佳澄と過ごし、些細な出来事の積み重ねが、次第に慎悟の人生観にまで及ぼす。
変化の詳細は読んで確認してほしいし、ちょっとした驚きも用意されているので読み応えあり。
個人的にはもっと長い物語で読みたかった。
物足りなさがあり、もっと描くことがあるはず。
『式日』★★☆☆☆2.5
【あらすじ】1年ぶりに連絡があった後輩から『父親が逝去した。身内がいないから先輩に参列ほしい』と頼まれて向かう。後輩は葬式を執り行い、火葬まで余った時間、2人は昔話をする。
本作は一番、刺さらなかった平凡な作品となる。
理由は簡単で、本作にあるちょっとした仕掛けが問題となる。
確かに仕掛けが明かされて驚きはする。
残念ながら驚き止まり。
肝心の2人のキャラクターがもたらすドラマ性には面白みや興味深さは皆無だった。
そもそもシチュエーションが不思議すぎる。
1年ぶりに連絡が来た後輩から葬式に呼ばれるこの特異な設定に、共感も感情移入もできなかった。
今まで生きてきて似たような境遇もないし、2人がどんな感情で交流しているのかが、まるで理解できない。
何となく、葬式という退廃的な空気感が良かったくらい。
葬式のしんみりした、希望も何も無いような雰囲気は私はどこか心惹かれる。
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