小説『家族』ネタバレなしの感想。尼崎事件モチーフのスリラードラマ

エンタメ小説

■評価:★★★★☆4.5
■読みやすさ:★★★★☆4

「人は家族愛を欲しがる」

【小説】家族のレビュー、批評、評価

『ロスト・ケア』『絶叫』『凍てつく太陽』『灼熱』の葉真中顕による2025年10月24日刊行のスリラードラマ。
2026年1月14日発表の第174回直木賞候補作。

【あらすじ】2011年11月3日、裸の女性が交番に駆け込み、「事件」が発覚した。奥平美乃(おくだいら・みの)と名乗るその女性は、半年と少し前、「妹夫婦がおかしな女にお金をとられている」と交番に相談に来ていたが、「民事不介入」を理由に事件化を断られていた。
奥平美乃の保護を契機として、表に出た悲劇…… 彼女を監禁していた「おかしな女」こと夜戸瑠璃子(やべ・るりこ)は、自らのまわりに疑似家族を作り出し、その中で「躾け」と称して監禁、暴行を主導。何十年も警察に尻尾をつかまれることなく、結果的に十三人もの命を奪う行為に関わっていた。(Amazon引用)

本作は文藝春秋より刊行された直木賞候補作品なのであまり期待していなかった。
芥川賞、直木賞を主催する文藝春秋は元々、自社の本を売る目的で同賞を誕生させた経緯がある。
昔は知らないが、現在では公平に様々な出版社の作品は受賞している。
とは言え、芥川賞は分からないが、直木賞に至っては候補作品にほぼ毎回、文藝春秋より刊行された作品が2作品食い込む。
私は前回の2026年6月15日に発表された直木賞より、熱心に候補作品を追いかけるようになったが、
その中の文藝春秋作品は、他の出版社作品と比べると、クオリティが一つ落ちる印象。
とりあえず候補にすれば何百部かは売れるために、無理やりねじ込んでいると思われる。
そもそもノミネートの選考員は文藝春秋の編集者なので。(受賞作の選考は過去の直木賞受賞者のプロ作家)

なので文藝春秋作品である本作には、あまり期待してなかった。
だが、SNSでやたらと評判が良かったので、他の候補作を押しのけ、優先して読むに至った。

結果からすると傑作だった。
恐らく直木賞は本作に決まる。
日本版『パラサイト』であり、傑作『テスカトリポカ』への挑戦にも見える意欲的でパワフルな作品だった。

本作は2012年10月に尼崎で発生した多くの人の命を奪われた尼崎事件を題材とする。
マインドコントロールを駆使し、多くの人間を隷属することで金をせしめた主犯の凶悪さは、あの有名な『北九州連続監禁事件』にも通ずる。
(1996年(平成8年)から2002年(平成14年)にかけて犯行が行われた『北九州連続監禁事件』は
IQが異様に高い主犯の男によるマインドコントロールで、
被害者自らの家族の命を奪わせ、遺体を解体、遺棄までやらせたとんでもない邪悪な事件。
あまりに残虐すぎるため事件発生当時の報道規制が敷かれ、
ネットが発達していない当時は知る人が少なかった。
しかし漫画『闇金ウシジマくん』で『北九州連続監禁事件』モチーフのエピソードが描かれ、
私はそのあまりに凄惨に直視に耐えがたい内容が実話ベースと知って驚き、事件に興味を持った。
そのため、似たような属性を持つ尼崎事件も前から気にはなっていた。
実際に読むと、北九州の事件とは異なる不気味さを持っていた。

主犯である夜戸瑠璃子が強烈だった。
私利私欲のみを目的とする狂人の夜戸瑠璃子。
北九州の事件の主犯と同じように、ターゲットとその家族の金を奪うただけに留まらない。
躾けと称してターゲットの家族に互いに攻撃させ、互いに憎しみを抱かせ、用済みになったら命を奪わせる残虐さ。

北九州の事件の主犯と異なるのが、本作のタイトルにもなっている家族である。
夜戸瑠璃子は誰よりも家族に飢えていた。
子供の頃からは母の再婚相手に性的な虐待を受け、何度も妊娠した。
モグリの医者による複数回の中絶により、合併症で子宮を取り除いたのは15歳。

明らかに我々が両親から与えてもらえる無償の愛とは無縁の地獄を幼少期から耐え抜いてきた。
瑠璃子は極悪人であることは間違いないが、同時に被害者でもある。

そのため、瑠璃子は金と同じくらい家族を求めていた。
欠損する家族愛を含めた多くの家族との交流で生まれる感情を求めるところが、北九州の事件の主犯とは異なる印象を受けた。
瑠璃子は歪んだ心の持ち主ではあるが、最後まで人の温もりに飢えた人間だった。

マインドコントロールの手段の描写が生々しい。
被害者になる連中は往々にして何かが欠けている社会不適合者。
子供の頃から、両親は片腕のない兄貴に愛情を注がれ、自分は後回しにされてきた心に穴の空いている青年。
ずるい姉貴にいつもいいところを横取りされ、
五感が過敏で注意力散漫な自分は『ちゃらんぽらんな子』『話を聞かない子』などと両親にレッテルを貼られる女性。

彼らの心の隙間を埋めるように、瑠璃子とその妹分である朱鷺子は彼らのすべてを受け入れ、肯定する。
そして、瑠璃子は気に入った子はすぐに家族として迎えいれ、うまい食事、寝床、仕事を与える。
心の弱い連中は簡単に瑠璃子に懐柔される。

マインドコントロールの手引書なんじゃないかというくらい生々しいので、
興味深い反面、とんでもない事件を起こすサイコパスが生まれやしないか心配ではある。

それに伴いキャラクターたちの変化が凄まじい。
瑠璃子に魅了され醜い怪物への変貌は切なかった。
対して、瑠璃子の呪縛から逃れようと人としての尊厳や美しさを取り戻すキャラには胸を打たれた。
多くのキャラクターは様々な変化を遂げるので、物語としてもダイナミックさで次々とページをめくらされた。
久しぶりにたった2日で一冊の本を読了させられた。

体罰の内容がエグい。
例えば新聞紙メリケンサック。
まるで中学生のヤンキーがやるような陰湿でイヤなイジメ。
または、家族同士で互いの嫌いなところや欠点を指摘し合わせ、殴り合いをさせたり、裸で外の物置に閉じ込めたり。
すべて躾けと称して行われる。
生々しいバイオレンス描写が連続するので、読む人を選ぶ。

恐らく『テスカトリポカ』の影響下にある作品の一つと思われる。
実際の尼崎の事件の犯人の信仰は不明だが、。
本作では、愛を与えることに執着する瑠璃子の根っこの精神性は幼い頃に植え付けられたキリスト教に支えられている。
幼い頃から虐待を受けていた瑠璃子は家では常に精神的にも肉体的にも極限状況下だったのだろう。
追い詰められた人間が精神を安寧を図る際に宗教にすがるというのは海外の映画などでよく見られるキャラクター造形。
日本の作品でそれを印象的に物語として表現したのが怪物小説『テスカトリポカ』であり、
恐らく、著者は『テスカトリポカ』に挑戦したくて本作を描いたのではないだろうか。

愛と血の持論が興味深い。
愛は勝手に湧き上がってくる。
愛は自分ではコントロールできない。
だから愛は尊い。

確かにそうだ。
見た目や言動、性格が生理的に無理な人はいる。
どんなに小綺麗にしていても好みでない人って存在する。
でも私が生理的にNGな人を愛する人もいる。
つまり血だ。
人は血によってどういった属性の人間を愛するのか運命づけられている。
私は血についておぼろげな理解だった。
ただこの持論について腑に落ちる。
だから愛が描かれるストーリーに、人は美しさを覚える。

ここまで褒めてばかりなので、違和感のあった箇所も指摘したい。
過去に瑠璃子から逃げ出した澄という女性が、瑠璃子に見つかり連れて行かれるシーンがある。
なぜ、あれだけ強気だった澄が、今回見つかったことで急に大人しくついていくのか。
てっきり弱みを握られているのかと思ったが、そういうわけでもない。
本作はキャラが多すぎるのか、ディティールの甘さが引っかかった。

とはいえ傑作であることに間違いはない。
語りたいことが多くてきりがないのでひとまず終わらせる。
恐らく本作は直木賞を取るので、多くの人に読んでもらいたい。
逆に本作じゃなかったらどの作品が撮るのだろうか。
私はまだ未読で、引き続き読む予定の『カフェーの帰り道』『女王様の電話番』はあらすじを読む限り、
直木賞受賞に相当する貫禄は足りていないように思える。

とにかく、ふだん小説読まない人も小説好きにさせるパワーがある最高の作品だった。

人の道を踏み外したキャラクターのドラマを描くおすすめ作品はコチラ。

■スモールワールズ

■Nの逸脱

■テスカトリポカ

家族の作品情報

■著者:葉真中顕
■Wikipedia:葉真中顕
■Amazon:こちら

この記事書いた人
柴田

子供の頃は大の活字嫌い。18歳で初めて自分で購入した小説『バトルロワイアル』に初期衝動を食らう。実写映画版も30回くらい観て、映画と小説に開花する。スリラー、SF、ホラー、青春、コメディ、ゾンビ、ノンフィクション辺りが好き。小説の添削でボコボコに批判されて凹みがち。

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