小説『嘘と隣人』ネタバレなしの感想。隣に潜む小さな悪意を描く連作短編ミステリー

エンタメ小説

■評価:★★★☆☆3
■読みやすさ:★★★★☆4

「私利私欲のための嘘は人を傷つけるし、敵は身近に存在する」

【小説】嘘と隣人のレビュー、批評、評価

『汚れた手をそこで拭かない』『火のないところに煙は』の芦沢央による2025年4月23日刊行のミステリー・スリラー小説。

第173回直木賞候補となった連作短編集。
第173回直木賞は該当作なしの結果となったが、『Nの逸脱』や『乱歩と千畝』などの傑作と出会えた素敵な回だった。
本作はどんな作品なのだろうか。
短編集なので1作ずつ感想を書いていきたい。

『かくれんぼ』★★★☆☆3.5

【あらすじ】定年退職した元刑事の正太郎は、歯医者の帰り、娘のママ友のリョウマママと偶然、会う。「自転車を貸してもらえませんか」と頼まれ、彼女が本当に娘のママ友なのか疑いつつも貸す。しかし、あらかじめ決めていた待ち合わせ場所のカフェにリョウマママは現れなかった。その日の夜、衝撃のニュースを目撃する。

わずか40ページの短編のミステリーで完成度が高かった。
短編の場合、明らかに長編の起承転結の起だけしか描かれないような、不完全感が否めない中途半端な作品も多い。
しかし本作は短いページ数で、きっちり起承転結が描かれるので満足度が高かった。

設定も魅力的。
正太郎は娘に頼まれ、何度か保育園に孫の迎えに行っている。
しかし、娘のママ友との交流は皆無。
突然話しかけてきたリョウマくんが本当に存在するのかもわからない。
しかし、リョウマママ曰く、家で園児の息子のリョウマが一人でお留守番しているとのこと。
何かあったら後味が悪いので、仕方なく自転車を貸してあげる。
この絶妙にありそうなリアルな展開がたまらない。
もし自分だったら、たぶん貸してあげると思う。

本作が突き抜けなかった理由として、正太郎は探偵役として推理するだけで、正太郎自身は事件の当事者にならない。
そのため、緊迫感や臨場感に欠ける。
短編なのでそこまで期待しすぎても仕方ないのだが、本作はイヤミスと謳われているのでもっとヒリヒリ感を味わいたかった。

『アイランドキッキン』』★★★☆☆3

【あらすじ】正太郎は刑事退職後に楽しんでいた家庭菜園をより充実させるため、妻には相談せず、庭の広い家の購入を検討することに。あざみ野駅前の不動産屋に行くと、接客してくれたのはかつて刑事時代に鑑取りで世話になった男だった。彼に紹介してもらったマンションの1つは、刑事時代に正太郎が関わった事件の現場だった。

鑑取りというのは事件で被疑者被害者関係性を洗うための聞き込み捜査を意味する。

タイトルのアイランドキッキンは、リビングの中心にキッチン置いたレイアウトの名称。
まるで島を連想させるアイランドキッキンは人気はあるそうだが、使ってみるとデメリットもあるそう。
詳細についてあえて伏せておく。

感想に話を戻すが、オチは意外性があって面白かった。
タイトルにもなっているアイランドキッキンの特性が関わっていて、ドンデン返しを見事に食らう。

回想劇なのが個人的には合わなかった。
本編の8割を占める回想だが、そもそも回想は過去に起きたことであり、現在進行系のエピソードと比べると臨場感が弱い。
現在進行系であれば、この後に待ち構えてる結果が登場人物たちにどんな影響を与えるのかが予測不能なので、緊迫感を生む。
しかし、回想で描かれるエピソードはすでに結末を迎えており、キャラに影響を与え終えている。

本作は、それでも再度振り返ることで改めて正太郎に変化をもたらすのは良い。
だが終わった事件なだけあって、正太郎の当事者感は弱くて緊迫感も皆無。
大して緊迫感がない状態に受ける変化なんて些細なこととしか思えない。

『祭り』★★★☆☆3

【あらすじ】正太郎夫婦は中古マンションを買い、引っ越しの当日を迎える。ガスの開栓のため、新居で業者を待つ正太郎のもとに、引っ越し業者との対応のため、元々住んでいたマンションにいた妻の澄子から電話が来る。『今日の引っ越し屋さんなんだか嫌な感じで』と苦言を呈する妻の話を聞いて、正太郎は6年前の事件を思い出す。

その事件とは認知症の老人と、ベトナム人留学生の亡骸が山林で発見された内容。

外国人留学生についての事情が興味深い。
受け入れ先の企業は、外国人留学生に対して何を考えているのだろうか
好意的に受け入れる企業もあれば、期間限定の雇用のため、使い捨て感覚で対応する酷い企業もある。
私の近所のスーパーでは、レジ打ちのスタッフは、すっかり日本人からアジア系の外国人に代替された。
彼らは割と楽しく働いているし、数少ない日本人のスタッフとも仲良さそう。
彼らはいい勤務先に恵まれたのだろう。
だが、我々日本人には想像しがたい劣悪環境で働いている不遇を食らっている連中もいると思うと胸が痛い。
勤務先から失踪した不法滞在の連中は、通報したら強制送還させられるという弱みに付け込まれて家畜のように扱われる。
不法滞在は良くないが、そうせざるを得ない事情も言及されており、私は豊かな日本に生まれただけマシに思える。

相変わらずの回想劇。
本作も『アイランドキッチン』同様、全体の8割くらいが回想で占められる。
世の中に現在の時制でなく、過去を描く回想劇のほうが好きな連中はどのくらいいるのだろうか。
本編も正太郎の当事者感は皆無なので、ドラマ性も弱め。

『最善』★★★☆☆3

【あらすじ】自宅で正太郎は妻の澄子と一緒に3日前で発生したバックル外しによる『登戸駅乳児転落事故』のニュースを見ていた。その後、同じ電車の別車両で発生した痴漢騒ぎについて妻の澄子が口を開く。澄子の若い友人の沙知の旦那がこの痴漢事件の容疑者として逮捕されたのだそう。

この痴漢事件については不思議な情報が多く提示される。
旦那は痴漢の真犯人らしき男を捕まえて、被害者とともに駅員室につれていった。
乳児転落事件でてんやわんやしている中、真犯人らしき男は逃亡した。
その後、なぜか沙知の旦那が被疑者となり、被害者の示談金を支払うことになった。
他にもいくつかの不可解な情報があり、正太郎は乗り気ではないが、沙知とともに真相を究明することになる。

本作も今までと同様に、テーマである『嘘と隣人』を絡めた意表を突くオチに驚かれさせてくれる。

不満点といえば、犯人の犯行動機が提示されないのでもやもや感が残る。
なぜそんなことをしたのか。
私のようなまともで普通の倫理観を持つ人間からすると、理解しがたい行動を取っているので。
オチは相変わらず驚かせてくれるけど、物足りなさが残る一篇。

『嘘と隣人』★★★☆☆3

【あらすじ】正太郎は同じマンションに住む女性、岡野の宅配ボックストラブルを手助けする。岡野は元刑事である正太郎の能力を買い、自身の友人の困りごとの相談に乗って欲しいとお願いする。友人であるベビーマッサージの講師をする篠木がTwitterでアンチから誹謗中傷を受けているという。

本著の同名タイトルのエピソードなので一番力が入っていると思いきや、意外と読後は記憶に残りづらいエピソードだった。

本編では、今まで探偵役だった正太郎に代わり、正太郎の刑事時代の先輩であり、捜査のタックパートナーだった吉羅へとバトンタッチする。
理由は、最近、よく見かけるSNSの知識を駆使して捜査する展開のため。
メタ的な推測だが、定年退職している正太郎よりも、現役である人物のほうがSNS関連の捜査は説得力があると、作者は判断したのだろう。
つまり家庭菜園を楽しむ正太郎にSNS絡みは荷が重い事件なのだ。

話を戻す。
確かにアンチの正体は意表を突くし、その後ももう一山、展開がある。
最後のオチは読者を驚かす目的で捻りに捻ってるので、記憶に定着しづらい。
結局、本編もドラマ性は希薄だった。
もはや主人公である正太郎は蚊帳の外だし、テーマでもそれに対する作者の回答でも目新しい何かが提示されるわけでもない。

本作は全体的に、直木賞候補に期待する重厚なドラマは皆無だった。
というか純粋なミステリー小説なので、直木賞はジャンル違いに思える。
本作は直木賞を開催する文藝春秋から刊行された本なので、そういうことなのだろう。
直木賞候補にするだけで少なくとも何百部かは売れるだろうし。
というか作者も本作が直木賞候補になるとは思ってもいないように思える。

次回の2026年1月14日に発表される直木賞の候補はどんな作品が来るのだろう。
せっかくなので軽く予想したい。
恒川光太郎の『ジャガーワールド』、和田竜の『最後の一色』あたりは入ってきそう。
候補常連の高野和明の『犯人は2人』、呉勝浩の『アトミック・ブレイバー』はそこまで評判を聞かないので、今回はスルーされそう。
個人的に千日回峰行を扱った住田祐の『白鷺立つ』がめちゃくちゃ興味深い。
上記で挙げた作品は全部読んでないけど、直木賞はお祭りなので、候補が発表されたら候補作品は全部、読むつもり。

直木賞について書いたのは12月9日。
本日2025年12月11日、発表された直木賞候補一覧は以下の通り。

住田 祐男『白鷺立つ』
大門剛明男『神都の証人』
渡辺 優『女王様の電話番』
嶋津 輝『カフェーの帰り道』
葉真中 顕『家族』

当たらないものだなあと思った。
和田竜の『最後の一色』が候補に外れたのは、和田竜がすでに『村上海賊の娘』で本屋大賞を獲得していて大ブレイクを果たしているため、
わざわざ直木賞でフォーカスを当てなくても売れるからだろうか。
やはり直木賞に限らず、賞というのは作品を売りたいために存在するだろうから。
恒川光太郎の『ジャガーワールド』が候補に外れたのは、ファンタジー小説だからだろうか。
直木賞はファンタジーやSFが候補に挙げられるケースが少ないので、ジャンル違い扱いだろうか。

にしても『白鷺立つ』以外、まるで知らなかった作品群が候補となったので、私にとって小説の世界はまだまだ奥が深い。
謙虚な姿勢で精進していきます。

イヤミスのおすすめ作品はコチラ。

■スモールワールズ

■死んだら永遠に休めます

■Nの逸脱

嘘と隣人の作品情報

■著者:芦沢央
■Wikipedia:芦沢央
■Amazon:こちら

この記事書いた人
柴田

子供の頃は大の活字嫌い。18歳で初めて自分で購入した小説『バトルロワイアル』に初期衝動を食らう。実写映画版も30回くらい観て、映画と小説に開花する。スリラー、SF、ホラー、青春、コメディ、ゾンビ、ノンフィクション辺りが好き。小説の添削でボコボコに批判されて凹みがち。

【オールタイムベスト】小説
■プロジェクト・ヘイル・メアリー
■三体
■永遠の0
■ガダラの豚
■容疑者Xの献身
■煙か土か食い物
■クリムゾンの迷宮
■玩具修理者(酔歩する男)
■バトル・ロワイアル

【オールタイムベスト】ノンフィクション本
■母という呪縛 娘という牢獄
■墜落遺体 御巣鷹山の日航機123便
■殺人犯はそこにいる

柴田をフォローする
エンタメ小説
柴田をフォローする

コメント

タイトルとURLをコピーしました