■評価:★★★★☆4
■読みやすさ:★★☆☆☆2.5
「人生とは自分を納得させるための長い時間である」
【小説】白鷺立つのレビュー、批評、評価
第174回直木賞候補、第32回松本清張賞受賞。
住田祐による2025年9月10日刊行の時代仏教小説。
【あらすじ】玉照院の師弟は〝やんごとなき秘密〟を抱えていた――
天明飢饉の傷痕いまだ癒えぬ比叡山延暦寺に、失敗すれば死といわれる〈千日回峰行〉を成し遂げようとする二人の仏僧がいた。
歴史に名を残すための闘いは、やがて業火となり叡山を飲み込んでいく。(Amazon引用)
2026年1月15日発表の第174回直木賞の候補作品の一冊。
本作は直木賞候補になる前に、新宿紀伊国屋書店の入り口に並んでいるのを見かけたときから気になっていた。
本作の一番の見どころは題材の魅力に尽きる。
舞台は江戸時代の寛政8(1796)年。
叡山の僧侶であり、やんごとやき(身分の高い一族)である恃照が、凶悪と名高い荒行、千日回峰行に挑んでいるシーンから幕が開く。
千日回峰行は個人的にはかなり興味深い題材だった。
世間一般の認知度はそこまで高くないらしいのだが、私は最初に知ったのは、TBSで放送している『クレイジージャーニー』がきっかけだ。
裏社会や奇界遺産、小数部族、洞窟探窟、蟻、石、アドベンチャーレースなど、一般的なものからそうではないもののありとあらゆる題材のスペシャリストに密着するドキュメンタリー番組。
2016年のある日、いつも通りの腑抜けヅラでクレイジージャーニーを観ていたら、塩沼亮潤さんという僧侶が登場した。
私は気づいたら背筋を伸ばし、正座して鑑賞していた。
塩沼亮潤さんが取り上げられた理由は『千日回峰行』というとてつもない過酷な荒修行を突破したため。
どれほど過酷なのか。
それは文字通り千日間、毎日50キロ近い山道を約16時間歩き続けるというもの。
千日回峰行は、大きく2種類存在する。
本作で描かれるのは比叡山で行う北嶺千日回峰行。
もう一つ、金峯山で行われる大峯千日回峰行が、私が知った塩沼亮潤さんが行ったもの。
大枠の流れは2種類ともほぼ同じ。
塩沼亮潤さんが経験した大峯千日回峰行および、塩沼亮潤さんの体験を説明する。
千日回峰行の1日は、起床するのは23時25分から始まる。
滝に入って身を清め、白装束を纏い、深夜0時半に出発。
整備されていない傾斜60度の山道を延々と歩き続ける。
7時間ほど歩いて山頂の大峯寺にたどり着き、参拝を済ませると、帰路につく。
師匠への、挨拶やもろもろの雑務を済ませ、四時間程度の睡眠を取り、再び行に入る。
食事のほとんどは、おにぎりで済ませる。
タンパク質、カルシウム、ビタミン、脂質が足りず、行を始めてすぐに爪がボロボロになる。
2ヶ月目には血尿が出てくる。
488日目、高熱と下痢が続き、体重が11kg痩せる。
行に入ると医者にも行けない。
結界があり、行に入ると門から出てはいけない掟がある。
行は年数を重ねるごとに厳しくなる。
栄養が足りず、骨は細り、肉は落ちる。
日々が極限状態という過酷さ。
どんなに悪天候だろうと毎日行う。
そして修行者は、短刀を持ち歩いている。
熊などの獣が出てきたら追っ払うものではない。
もし、修行に耐えきれなくて降りる場合、自害しなければらない不退の修行なのだ。
塩沼亮潤は『千日回峰行』の1300年の歴史の中で二人目の達成者となった。
さらに塩沼亮潤さんは達成後に四無行という、9日間、寝ない、食べない、飲まない、横にならない、凶悪の行も達成している。
私はなぜ『千日回峰行』に魅了されたのか自問自答した。
私は目標がありながら怠惰な人間で、時にはやるべきことを見て見ぬ振りをしてサボってしまう。
だからこそ、自分を追い込み、人間を逸脱してまで自分を痛めつけるための『千日回峰行』と、それに挑む人に強い興味を持った。
なので本作を読んでいて、人がなぜ大阿闍梨に惹かれるのか、について似たような説明がされていたので、
もしかすると、著者の住田祐さんも私と同じような経緯で『千日回峰行』に興味を引かれたのかもしれない。
なぜ、本作の行者は千日回峰行を行うのか。
それはある種の一発逆転だから。
あなたは人を納得させるために、誇れるものが欲しいと願ったことはないだろうか。
資格でも何らかの優勝、勝利でもいい。
『千日回峰行』の達成者のみに与えられる大阿闍梨という称号がある。
本作に出てくる僧侶にはどうしても大阿闍梨になる必要があるのだ。
題材だけには留まらないストーリーの魅力もあった。
この手のハードな困難に立ち向かう系は、何となくストーリー構成の予想ができる。
本作も概ね雛形通りの展開を迎えるが、予想外の要素が1つ投入される。
この要素が先の展開への興味を持続させてくれた。
何より良かったのが、ただ千日回峰行をやるだけではない駆け引きの面白さがたまらなかった。
僧侶の命がかかった崇高な行のため、実際に入行するための『資格』があれば、資格所有者に『許可』を出す人物も存在する。
己を納得させるための『手段』もまた胸を締め付けてくる。
千日回峰における資格、許可、手段を巡る攻防が面白くて、先の展開がまるで読めない面白さがある。
また後半の恃照に訪れる悲劇が辛い。
詳細は伏せるが、自分を愛してくれた尊敬するべき師匠が自分の尊厳を守るためにしてくれた苦痛の影を踏む。
このシーンは胸を打たれたし、ストーリーの全体を通し、特に印象に残ったシーンだった。
文章は読みづらい。
主に描かれる1800年代の空気感が感じられる昔っぽい口調、文体で全編、描かれる時代小説なので、
現代が舞台の小説に読み慣れている人はかなり読みづらいのではないか。
加えて僧侶が主人公のため、頻出する難解であまり説明されない仏教用語に、心が折れる人も多そう。
これらの要素が江戸の世界観を緻密に作り上げる助けとなっているので、個人的にはポジティブに受け止めている。
読んでいてずっと幸せな時間だった。
知識欲が満たされる題材、スリリングなストーリーと描かれるドラマ性。
直木賞の受賞はありえるし、こんな傑作を来年も出会いたい。
自らを追い込むキャラクターの悲哀に胸を締め付けられるおすすめ作品はコチラ。
■虚の伽藍
白鷺立つの作品情報
■著者:住田祐
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