小説『カフェーの帰り道』ネタバレなしの感想。上野の場末のカフェーで女給として働いた百年前のわたしたちの物語

エンタメ小説

■評価:★★★★☆4
■読みやすさ:★★★☆☆3.5

「大正~昭和初期は美しく残酷であった」

【小説】カフェーの帰り道のレビュー、批評、評価

『襷がけの二人』の嶋津輝による2025年11月12日刊行の連作短編の時代小説。
2026年1月14日発表の第174回直木賞候補作品。

本作は正直、まるで 期待してなかった。
大正から昭和初期で働く上野のさびれたカフェの女給を描く連作短編集で、私が接してきたことのない題材なので、読むまで話の内容や面白さのイメージが全く描けなかった。
今回の直木賞候補の期待値は最も低かった。

ところが読んだらかなり面白く、興味深い内容だった。

余談だが、大正時代のカフェーは今のスナックやキャバクラの源流となった飲食店。
そのためカフェーの女給には若さは喋り、愛嬌などが求められる。

『稲子のカフェー』★★★☆☆3.5

【あらすじ】大正時代。地味な中年女性の稲子は、友人のフミより、高等女学校の国語教師の旦那、銀次が女と密会しているとタレコミをもらう。旦那が夜に逢瀬を繰り返す美しい女、タイ子は上野の場末のカフェー『西行』で女給をしていた。

最初に稲子の視点から描かれ、その後にタイ子視点でタイ子の心情や、なぜ銀次と逢瀬を繰り返していたのか の経緯が描かれる構成。

稲子が魅力的。
見た目は地味で学もなく自信は皆無。
静かで優しい旦那の銀次のことが好きで好きでたまらないのに、まさかの浮気疑惑。
大人しい稲子は大胆にも、浮気疑惑の女、タイ子に接触を図るのだ。
でもタイ子のあまりの美貌に逃げ帰ってしまう。
逃げるって笑。
こんな愛しくてたまらないキャラクターはかつてあっただろうか。
男尊女卑の色が濃い大正ならではの慎ましさは新鮮だった。

タイ子も良かった。
今よりも男性社会が顕著な時代、タイ子は、自らの美しさに甘んじてしまった罰もあるが、とある葛藤を抱えている。
この時代ならではの葛藤と戦っている姿には応援したし、心温まる幸せなストーリーだった。

『嘘つき美登里』★★★★☆4

【あらすじ】昭和4年4月。上野では高級デパートの松坂屋が開業。オシャレな洋装に身を包んだ昇降機ガールが注目を浴びていた。嘘(冗談)が大好きな西行の女給の美登里は、同く女給で小説家を志すセイが夢を諦め、西行を去ることに淋しさを募らせていた。その後、セイの代わりとして女給志望でやってきたぽっちゃりの中年女、妹小路園子はとんでもない嘘つきだった。

美登里の嘘(冗談)が魅力的。
嘘をつきすぎて過去に勤務していた病院をクビになった経緯があり、西行では嘘を封印していた。

しかし嘘つきの園子がやってきてからタガが外れ、嘘をつきまくる。
美登里の嘘に悪意は一切ない。
むしろ相手を楽しませる目的のサービスとしての嘘で、私は読みながらついつい小笑いをもらした。

園子のキャラクターも肝だった。
西行の女給の募集の張り紙にはこう書かれている。
『女給募集 十九歳』

「女給募集の張り紙を見てやってきました」と西行を尋ねる太っちょの園子はシワやシミのある40歳前後のおばちゃん。
年齢を訊ねると「十九歳です」と明らかに嘘をつく。

しかし店主の菊田は特に深く考えずに採用してしまうので、美登里は園子とともに働くことになる。

ユーモアである嘘しかつかない美登里の美学と反し、「19歳です」「自分は華族です」などと自分をよく見せる嘘をつく園子に、美登里は不信感を持つ。
だが、後半になって明かされる園子の内面には心を打たれた。
私にもその欲求は理解できるし、園子はきっと勇気を出して冒険したのだろう。

他にも銘仙など、着物に対しての知識欲も満たされたのも良い副産物。

『出戻りセイ』★★★★☆4.5

【あらすじ】昭和14年。戦争が始まり、男たちは徴兵によって戦地に駆り出されていた。25歳で西行を辞めて輸入食品の会社に転職したセイの家族は、大黒柱の父が亡くなり、母親も病で仕事ができなくなっていた。チップによる稼ぎを期待して、セイはカフェー西行に出戻りする。しかし35歳で、年増となったセイは年齢や出戻りを隠し、何とかチップを稼ごうと奮闘していた。ある日、髭面のむさ苦しい男に「あんたの髪型はダサい!こうしろ!」とアドバイスを受ける。

メインキャラクターの1人の髭面でむさい男、向井が良い。
向井はセイの容姿の違和感を大胆に指摘する。
「その髪型、似合わないな。サイドをすっきりさせて、トップのボリュームを出せ(本編では昭和な表現)」
関係性は皆無、偉そうに助言してくる見た目はもっさりした男に、セイはイラッとする。
しかし、向井はやけにピンポイントのアドバイスをくれる。
「あんたは目鼻立ちがはっきりしてるから」などと容姿を褒めつつ、素材を生かす指南を受け、セイは乗り気ではないが従ってみる。
セイ自身も髪型に大したこだわりはなく、今の時代ではみんながしているようなスタイルに何となく収まっていた。

向井の助言は的確で、髪型を変えた日から、西行のオーナーの菊田や客たちから称賛を受ける。
結果的にチップも稼げたのだ。
実は理容師である向井は、髪型のスペシャリストだった。

今の時代、人への助言はコンプラ的に控えてしまう。
特に男は女性に偉そうに物を教えるマウントを取りがちで、女性からは敬遠される。
だが、向井の大胆な言動によって、メンタルが不安定だったセイは従順となり、結果的に幸福をもたらす。

寸足らずで兵隊になれず、この時代では天皇のために戦争に行けないのは良しとされない向井は髪が好きで、休日を返上してまで新しいヘアスタイルを模索する。
そんな向井の明るい精神性に、セイの夢破れた小説家への道に光が灯る。

互いに無いものを補う収まりのいい2人が魅力的だった。
完成度が高く、本作の中で最も好きな短編となった。

『タイ子の昔』★★★☆☆3.5

【あらすじ】昭和17年2月、女給を辞め、地味なたばこ屋で生計を立てるタイ子は、戦争で満州に出征した息子の豪一に手紙を書きていた。豪一は返事の中で『自分のために母上は派手な女給から堅実な道を選んだこと、感謝しております』と謝意を述べる。しかしタイ子は息子に隠していた過去があった。

母の愛の描写に凄みがある。
タイ子は、兵士として入営する豪一に彼が吸わないタバコを持たせる。
戦場で周りの人にあげたら人望を得られるかも知れないから。

タイ子は恋に生きる女性だった。
以前、豪一は、タイ子がタバコ屋によくくる北村という男とよく喋っているため、『僕に気にせず再婚してもいい』と背中を押した。
この発言を思い出し、豪一も恋をしていたのでは?と推測し、だとしたら嬉しいのに、と豪一に恋人がいることを願う。
最愛の息子に、好きな人と心を通わせる胸の高鳴りや、手を触れ合った時の温かさを味わってほしい、と。

ちょっとした行動や、息子の些細な発言から垣間見える母の愛が滲んでいて私の心まで温かくなった。

だからこそ、胸を締め付ける。
息子から来る手紙の送られてくる頻度が少しずつ減るから。
戦争の残酷さ、を待つ人間の視点から描かれ、読み進めるのがきつかった。

本篇の肝であるタイ子の昔の秘密については、そんなにメインストーリーに影響がなかったように思える。
そのため、評価はやや控えめにしてるけど、やはり実在感の強いキャラクターの魅力で溢れている。

『幾子のお土産』

感想は後ほど。

心温まるいい連作短編だった。
日々を生き抜く上で必要や些細な欲や感情を丁寧に描いていた。
キャラクター一人一人を我が子のように丁寧に描きていくさまには好感が持てた。
この作者さん、めちゃくちゃできた人なんだろうな。

1月13日時点で全5篇中3篇しか読んでいない。
それでも本作は直木賞はありえると思った。
本作は大正~戦争が始まる昭和初期を生きる女性たちを美しく描き抜いていたから。

1月14日時点で、本作が直木賞受賞する結果を見て、納得した。

というか今回の直木賞候補は面白い作品、多すぎ。
『女王様の電話番』は個人的にツボではなかったが
『家族』『神都の証人』『白鷺立つ』の3作品は普通に他の文学賞で受賞できるレベルのクオリティだった。
エンタメ性とドラマ性を高い水準で描く直木賞作品を今後も追い続けていきたい。
12月11日に直木賞候補が発表され、面白い候補作を読み続けられた1ヶ月間はずっと幸せだった。

応援したくなる魅力的な女性キャラが出てくる作品はコチラ。

■スモールワールズ

■同志少女よ、敵を撃て

カフェーの帰り道の作品情報

■著者:カフェーの帰り道
■Wikipedia:嶋津輝
■Amazon:こちら

この記事書いた人
柴田

子供の頃は大の活字嫌い。18歳で初めて自分で購入した小説『バトルロワイアル』に初期衝動を食らう。実写映画版も30回くらい観て、映画と小説に開花する。スリラー、SF、ホラー、青春、コメディ、ゾンビ、ノンフィクション辺りが好き。小説の添削でボコボコに批判されて凹みがち。

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